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前ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 二十話 少女の瞳は、黒く濁っていた。 ……黒く、濁ってしまった。 一度濁ってしまえば、もう澄むことはない。 薄まることが、あったとしても。 白百合のような微笑は、黒い土に汚れた。 象牙細工のようだった指先も、黒い土にまみれた。 かつて領民のために振るわれた杖も、黒い土にうずもれた。 貴族としての名を失い、血のつながらない妹を守ると決めたときから。 全ての貴族に、復讐を誓ったときから。 彼女は暗い井戸の底で、黒い土と戯れている。 酷薄な笑みを、その口元にはり付かせながら。 故郷であるアルビオンからトリステインへ下りたことには、いくつかの理由があった。 アルビオンを取り巻く不穏な気配が一つ。 それは例えば酒場から傭兵たちの姿が減ったことや、武具を製作する工房に活気が出てきたことがあげられる。 また同じ場所で仕事を続ける危険性の回避も、理由の一つとして存在した。 だが何より、秘宝の噂を聞きつけたことが最大の理由だっただろう。 ハルケギニアに名だたるオールド・オスマンがもつという、一つのマジックアイテムの噂。 『業火』の名を冠されていた、形状も、能力も知られていないそれに、彼女はいたく興味を引かれた。 噂の根拠が、あまりにも荒唐無稽だったからだ。 曰く、オスマンを魔法学院の長たらしめる理由が、そのマジックアイテムを学院に封印しているからだと。 ……胡散臭い話しさ。 彼女に噂を聞かせた男は、そういって笑っていた。 オスマンの素行の悪さは広く知れ渡っており、それ故に閑職に回されたのだという噂がまことしやかに語られていたからだ。 しかし彼女は男と共に笑いながら、大きく心を動かされていた。 信憑性のない噂が、時として真実を語ることを知っていたからだ。 彼女は、力がほしかった。 アルビオンでスクウェアメイジに殺されかけたとき、そしてただの幸運で生き残ったとき、彼女は力への強い欲望を感じていた。 生き残るだけでは、彼女の望みは叶わない。 強い力が必要だった。 国を滅ぼすほどの、強い力が。 ところがどれだけ調べてみても、そのマジックアイテムの正体はわからない。 わかったことはただ一つ、業火という言葉の意味だけだった。 罪人を焼き尽くす炎だと聞いたとき、彼女は失笑しかけた。 盗賊が罪人を罰するのかと。 だが一方で、罪人と呼ぶに相応しい人間たちへの復讐も考えた。 噂が真実であれば、それを果たすことができる。 確かめるだけの価値が、その噂にはあった。 トリステインの酒場でオスマンを見かけたとき、彼女は歓喜する。 学院で私設秘書として雇おうと持ちかけられたときには、思わず歌い出しそうになった。 一方で素行の悪さが事実であり、しかも相当に質が悪いことを知り、いささか以上に辟易もしたが。 ともあれ、目的へと駒を進めることができた。 だから何の問題もない。 なんとか笑顔を作りながら、彼女は自分に言い聞かせた。 酔いつぶれたふりをしながら尻をなで回す目の前の老人に、どうやってむくいをくれてやろうかと考えながら。 その反面、自らの瞳を覗き見るオスマンの視線を、深く暗い井戸の底を見抜くようなそれを、さけようとしない自分に不可思議さを覚えてもいた。 学院での生活は、ことのほか充実していた。 それだけ面倒が多かった、ということにもなるが。 日々繰り返されるオスマンのいたずらに対してロングビルの拳が閃くまで、それほど時間はかからなかった。 端的に言えば、初日に閃く結果をもたらしている。 言葉遣いの丁寧さだけは変わらないものの、その日その瞬間からオスマンの扱いは極めておざなりになっていく。 また、それまで学院に妙齢の女性がいなかったためか、彼女の整った容姿のためか、一部教師や一部生徒からの求愛行動が開始される。 望んで身につけたわけではないが、男のあしらいは盗賊として生きていく中で慣れていた。 けして尻尾を掴ませないことに業を煮やし、徐々に減っていく男たちの中で最後に残ったのは二人。 生徒のマリコルヌ・ド・グランプレ、そして教師のジャン・コルベール。 前者は時折思い出したかのように手紙を部屋へ差し入れる程度だったが、後者はことあるごとに様々な誘いをかけてきた。 女性というものに全く慣れていないコルベールの行動は、時に彼女をいらだたせ、時に彼女を楽しませる。 ロングビルは、けしてコルベールを嫌ってはいなかった。 誘いに応じることは一度としてなかったが。 盗賊としての仕事は貴族に対する復讐のため、秘蔵の品ばかりが目的となる。 それは損害を与えられる一方で、流通させることの困難さも内包していた。 珍しい品であれば出所がわかりやすくなり、それは買い手が限られることにもなる。 つまり、マジックアイテムを盗み出せてもすぐには金銭と引き替えられない。 様々な事情から収入源が存在せず、さらに孤児を引き取っている妹への仕送りは、絶やすことができなかった。 おそらく妹が孤児を引き取っていなければ、ロングビルの苦労は大きく減るだろう。 だが彼女は妹のその優しさを貴重なものと思っており、その笑顔を守るためにどんな犠牲でも支払うつもりだった。 結果として、ロングビルの生活はとてもつましいものとなる。 トリステイン魔法学院の運営費用は、国名が冠されている以上、王家から支払われる。 予算を割り振る学院長オスマンの仕事ぶりは、ロングビルに衝撃を与えるに十分だった。 無論悪い意味で。 よく言えばおおらかだが、率直に言えば杜撰という言葉で片付けられる。 要するに、オスマンは真面目に仕事をしていない。 固定化で経年劣化が抑えられるとはいえ、様々な消耗品は必要不可欠だ。 贅を尽くした貴族としての食事は、素材の費用だけでも驚くような金額になる。 かしずかれることに慣れた貴族のため、雇われている使用人は数多い。 当然人件費はかさみ、必要な費用はふくれあがっていく。 にもかかわらず、平民相手に支払われる給与は王都に比べて幾分高い。 自分に支払われる金額も高いことは喜ばしく、妹への仕送りも安定するようにはなったが、喜んでばかりもいられない。 金槌どころか自分のゴーレムに殴られたかのような衝撃を受けながらも、ロングビルはオスマンの適当な仕事ぶりを引き締め始めた。 オスマンをせき立て、未処理だった書類の山を片付け始める。 隙あらば怠けようとするオスマンに矢のような視線を送り、水煙草を取り上げた。 それに並行し、鼠あしらいも上達していく。 拳が閃く回数も、うなぎ登りに増加する。 学院長の私設秘書、ロングビルの日々は酷く充実していた。 一体の竜が、一人の学生によって召喚されるまでは。 「ラスタ」 ルイズの意思と言葉に反応し、その魔力を使って金の女王が『魔力感知』を発動させる。 杖を振るわけでもなく、ルーンを唱えるわけでもなく発動した魔法を、ルイズは意識することができない。 不安そうな表情を浮かべた主人を横目に、使い魔が主の友人へ声をかける。 「キュルケ、頼む」 その言葉にうなずき、キュルケが杖を構える。 「ウル……」 ことさらゆっくりと唱えられたルーンに従い、キュルケの杖先に魔法の枠が発生する。 目の前の光景に、ルイズの口から思わずつぶやきが漏れた。 「これが、魔法の力……」 未だ魔法が発動していない段階で漏れたそのつぶやきを、この場で最も年若く、最も強さに執着したメイジは聞き逃すことはなかった。 「……カーノ」 ルーンを唱え終わると同時に、マナが魔法の枠へと完全に重なる。 魔法が発動し、杖先から放たれた炎が消えるまで、ルイズの視線はキュルケの杖から離れることはなかった。 その真剣な、ともすれば威圧するかのような眼光に、キュルケは少し気圧される。 ……ま、真剣なのも当然か…… 今までどれだけの努力を捧げても、目に見える成果は何一つ得られなかったのだ。 まるで人を殺しそうな眼光も、仕方のないことか。 この場で最も優しい少女は、少しあきらめたように心の中でつぶやいた。 そして新たなる力を授けられた、この場で最も誇り高い処女が杖を構える。 はたと気を取り直し、はやる気持ちを静めるため、ルイズは深く息を吸い、深く息を吐く。 その手助けをするように、使い魔から声がかかった。 「ルイズ、約束を覚えておるな?」 深呼吸を続けながら、主は使い魔に答える。 「杖は誰もいないところへ構える」 その言葉に、ルイズの友人たちが深くうなずいた。 「ルーンは最後まで唱えない」 ……まずは、自分が持つマナの存在を認識すること。 使い魔の言葉を、心に刻んだその言葉を、ルイズは思い起こす。 草原の中心に向けて杖を構え、ルイズは静かにルーンを唱え始めた。 使おうとする魔法は、水に属する最も初歩的な、水を生み出すコンデンセイション。 「イル……」 杖先に浮かぶ、小さな球状の枠。 そして己の体から枠へ向けて溢れ出るマナ。 かつてブラムドの言った、魔法が使える証を目の当たりにしたルイズは、それだけで泣き出しそうな喜びを感じていた。 しかし体から溢れるマナを制御しなければ、魔法を使うことなど海に消える泡に等しい。 キュルケが見せてくれた、魔法を使う行程を思い起こす。 マナが枠へと収まっていく過程を。 枠の中心に生まれた形あるマナは、まるで水を受けて育っていく木々のようにも思えた。 だが今、自らの杖先に漂う砂粒のようなマナは、形を成すこともない。 枠の中心に向かってはいても、先刻見たキュルケのマナのように動こうとしなかった。 とはいえ、今までと違って目に見える目標があるのだ。 この砂粒のようなマナを、枠に収めさえすれば魔法を使うことができる。 枠の周囲を漂っていたマナは、枠から大きくはみ出していた。 ルイズは体から放たれていたマナを制御し、枠へ収めようとする。 しかしその意に反し、マナは次から次へと溢れ出す。 意識を集中すればその分だけ、たがが外れたように体からマナが放たれていく。 ルイズの体から溢れたマナは、いつしか杖先の枠を確認できないほどになっていた。 焦れば焦るほど、集中すれば集中するほど、砂粒のようなマナは溢れ出していく。 あたかも、河川が氾濫していくかのように。 このままでは無理だと悟ったルイズは、杖を振って意識を切り替えた。 その意思から解き放たれたマナは、再びルイズの体へと戻っていく。 意に沿うことのないマナに少々怒りを覚えながらも、ルイズは深呼吸して再び杖を構え始めた……。 「イル……」 何度、そう唱えただろうか。 十は優に超している。 ところが、ルーンを最後まで唱えることはできていない。 少しいらだちながら、それでも精神の集中を途切れさせない精神力は賞賛に値するだろう。 眉間に刻まれる渓谷が徐々に深くなっていったとはいえ。 ルイズが集中すればするほど、そしていらだてばいらだつほど、その体から放たれるマナは増える。 マナの制御について、ブラムドは一切助言をしようとはしなかった。 正確に言えば、できなかったのだが。 元々マナを知覚する能力に長けたドラゴンであるためか、ブラムドはマナの制御を無意識に行っている。 ブラムドにとってマナの制御は、手を開き、閉じ、指を一つずつ動かす、それらの行為と大して変わらない。 故に、説明をすることもできなかった。 どうやってそれを行っているのかと問われたところで、なぜそれができないのかと問い返すことしかできないだろう。 またルイズとしても、これだけのお膳立てをされ、なおも助言を求めるような行為をしようとはしない。 結果として、ルイズが杖を構え、ルーンを途中まで唱えることが繰り返される。 ルイズと違い、駒に『魔力感知』を付与されていないキュルケにとって、何も起きないこの状態はつまらないことこの上ない。 無論、ルイズを応援する気持ちも強いため、茶化すような言動もできない。 心の中でため息をついたキュルケは、同じく退屈しているであろうタバサの元へと歩を進めた。 だが彼女が歩む先で、彼女の友人は退屈などしていない。 いつものように本を読んでいたからではなく、彼女の思考がめまぐるしく働いていたから。 とある事情で戦うことを強要されている彼女は、ルイズ、キュルケを含めた三人の中で、最も戦闘技術に対する執着が強い。 それは戦うことだけではなく、生き残ることも望んでいるからではあるが。 ともかく戦うことにおいて、情報や知識は何よりも重要といえる。 相手がどういった技術や能力を持っているのか。 所作や詠唱、足の運びや目線の動きがなにを物語っているのか。 それらを知ることは、勝敗の結果を左右する大きな要素といえる。 相手が獣や亜人、魔物であれば生態や特性、能力を知ることはそれほど難しくはない。 先人たちが蓄えた知識は、書物という形を以て後世に伝えられていることが多いからだ。 学院の図書館にも、そういった書物は多い。 しかし相手が人間であった場合、しかも心得のある者なら、それらの情報を得ることは難しくなる。 軍に所属するような人間であれば、所作の中に詠唱を隠すことも多い。 詠唱を餌に、鉄拵えの杖や隠していた凶器で命を狙うこともある。 仮に勝敗を左右することがなかったとしても、生死を分ける一筋の光明にはなりうるのだ。 キュルケが見本のために唱えた詠唱の最中、ルイズはこうつぶやいた。 ……これが、魔法の力…… メイジとして十数年生きてきた中で、魔法の力を見ることなどは想像したこともない。 無論それはタバサだけではなく、ハルケギニアにいる全てのメイジに言えることだが。 だからこそ、それを見ることはメイジ相手の闘いにおいて大きな利点となるだろう。 ただし、その力はブラムドの助けを必要とする。 どうやって切り出したものかと思案するタバサの目が、近付くキュルケの姿をとらえた。 歩み寄る自分を気付いたタバサが、懐から本を取り出して読み始める。 キュルケは、その事を少しさみしげに見つめた。 タバサが自分を共と認めてくれているのは確かだとしても、秘密を打ち明けられない相手だと見られていることが、キュルケは少しさみしかった。 それだけ重苦しい秘密かも知れない。 ……でも…… 心の中でつぶやきながら、首を振って考えをかき消す。 自分がタバサの友としてあれば、彼女はいずれ話してくれるだろう。 そう思いながら、キュルケはタバサの隣に、触れることもたやすい位置に寄り添った。 ざらりとした感触。 手のひらを削るような感覚を覚え、ロングビルはそっと手を止める。 「このまま……」 つぶやきかけた言葉が、宝物庫の壁に跳ね返された。 ……このまま、どうするというのか。 自問に対する答えは、すでに出ている。 このまま学院で、オスマンの秘書として暮らしていく。 支払われている給金は申し分なく、滞りもない。 休みについても、わりあい自由に確保できる。 誰かに頼むことのできない仕送りを、定期的にすることができた。 この状況に、どんな不満があるというのか。 些細な不満ならば、腐るほどに存在する。 だが、今の立場を投げ捨てるだけの不満は存在しない。 ……存在しない、はずだ。 自身を納得させるような言葉に、内なる声が応えた。 ……本当にそうか? ……あの連中を許していいのか? もぞりと鎌首をもたげたような、フーケの声。 ……誇りもなく、おごるだけの貴族どもを 隠しきれない怒りに身を震わせるような、フーケの声。 ……お前の、父と母を殺した連中を ……そして妹の、父と母を殺した連中を 怒りと悲しみを織り交ぜたような、フーケの声。 我知らず握られた手のひらに、優美なはずの爪が食い込む。 傷口をなぞるような屈辱が、溶岩のような怒りを沸き立たせる。 「……力さえ……!」 スクウェアメイジに追い立てられ、なぶるように弄ばれた。 あの残忍な笑みを、記憶から消すことができない。 力を求めるその心が、宝物庫に眠る炎を呼び起こそうとしていた。 だが、その熱がロングビルに触れようとした瞬間、彼女の耳が足音を捕らえる。 近付く音は重い。 女子供のそれではないだろう。 何か事件でもあれば別だが、警備を担当する平民はそうして急ぐことはない。 面倒くさがり屋のオスマンは、走るぐらいであれば魔法で飛んでくるだろう。 可能性があるとすれば、一人。 しばらくあとに現れた人物は、果たしてロングビルの予想通りの姿をしていた。 「……ぐっ」 広すぎる額を汗で光らせ、乱れた呼吸で無理に声を出そうとしたコルベールは、むせた。 気管に入ってしまった唾液を激しい咳でなんとか押し出し、顔を上げた彼に向けられていた視線は、なんとも形容しがたい光を帯びていた。 「ぐっ、偶然ですね、ミス・ロングビル」 見た目では予想できないが、コルベールが割に運動を得意としていることは、ロングビルは見抜いている。 今コルベールの額から滲んでいる汗は、女性を前にした緊張感だけが理由ではないだろう。 ……何か簡単な言い訳でも用意しておけばいいものを…… そう思いながら、ロングビルは懐からハンカチを取り出し、コルベールの額に手を伸ばす。 「やっ! やっ!! よ、汚れますぞ!?」 首元まで赤く染めるコルベールの態度に、ロングビルは微笑みながら応じる。 「洗えばよろしいでしょう? あまりお動きにならないで……」 「あ、やっ、はっ……」 声にならない声を上げ、わずかに気を落ち着けたコルベールが、不動のままに問う。 「ど、どうしてこんなところに?」 「……少し、考え事をしておりまして……」 「さ、さようですか……」 話しを止めてしまった自身に、コルベールは強い怒りを覚えた。 そんなコルベールの様子を見かね、ロングビルはつい一つの問いを口にする。 「ミスタ・コルベールは、オールド・オスマンの持っておられるというマジックアイテムのことをご存じですか? 『業火』と呼ばれる……」 ちょっとした遊び心、そんなつもりで発した問いは、思いもかけない結果をもたらした。 前ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの少女と紅い獅子 トリステイン魔法学園本塔、宝物庫。今ここで作業する人物がいた。一人はコルベール、もう一人はミス・ロングビル。 二人は宝物庫にも拘らず目録がなかったと言う意外な事実が判明したため、その製作のためにこうして作業を行っていた。 大半の物は箱に厳重に収められ簡単に中身を見る事は適わず、また名札が丁寧に張られていたのでその必要もなかった。 作業を続けていたミス・ロングビルがふと一抱えほどの箱を手にした。名札はなく代わりに『取り扱い注意』と注釈が なされていた。よく見れば鍵穴はおろか蓋と本体の隙間は鉄板が張られ完全に密封されていた。 「ミスタ・コルベール、これは……いったい何なのです?」 コルベールは作業の手を止め振り返る。ミス・ロングビルが持った箱を見て彼は目を細める。 「ああそれは、目録に入れないでそのまま仕舞って置いてください」 その言葉にミス・ロングビルが鋭く反応する。 「あら、それは学院長の支持でしょうか? 確かに厳重ですけど、いったい中には何が?」 コルベールはその質問にやや躊躇したものの、結局口を開いた。 「まあ良いでしょう、不思議がるのも無理はない。と言っても私も殆ど知らないのですが」 ミス・ロングビルが頷くのを見て彼は続ける。 「学院長によれば『暗闇の欠片』と言うものらしいのです。学院長に言わせれば魔法の触媒になるものらしいのですが、 詳しく聞こうとしたらはぐらかされてしまいました。正直、学院長にも正体は分からないのでしょう」 コルベールの説明に耳を傾けながらミス・ロングビルは箱をいろんな角度から見ていた。 「ああ、中身が気になりますかな。しかしそれほど厳重にしていると言う事は、開ける気はないか使い道がないのか」 「とても貴重なもの、と言う事も考えられますわね?」 ミス・ロングビルが意味ありげな視線をコルベールに寄越した。 「はっはっ、ミス・ロングビルは探求家でおられる。ま、古いというだけで価値が出る事もありますからな。大方 何の変哲もないガラクタでしょう」 そう言ってコルベールは作業に戻る。ミス・ロングビルは尚も箱を気にしていたがやがて言われたとおり奥の方に持っていった。 一方その頃、ルイズは校舎の片隅の物置でその日調度百回目のアン・ロックを唱えた。が、鍵からは何も音はしない。念のため ノブを捻ってみたが扉は硬く閉ざされたままだった。数えていたわけではなかったが、流石に疲れ果てて座り込んだ。 特訓を始まってから数日が経過していた。今のところアン・ロックの練習のみだが、自分でも嫌になるくらい魔法は発動しなかった。 放課後にこの物置に入って夕食までの約四時間、ひたすらアン・ロックのみを唱え続ける。正直気がめいりそうだったが、彼女は 特訓開始の翌日からは文句も言わずに続けていた。無論好き好んでやっている訳ではなかったが、この様な練習方法はこれまで 思いもよらなかったし誰も提案しなかった。だからどうせ他の事をやっても無駄ならばとこの特訓に一つ打ち込んでみる事にしたのだった。 もう一つ、これはルイズは自覚していない事だが。ルイズにとって他人が積極的に自分の、特に魔法に関しての才能を開花させようとしてきた 人間は彼が初めてだった。彼女の両親は決して自分の娘に無関心な親ではなかったが、精々説教をするくらいで魔法の習得そのものに関してまでは 何もしてくれなかった。或いはそれは自分で乗り越えて欲しいと言う一つの親心の表れだったのかもしれないが、少なくともルイズはその事 を感じる事はなかった。 学院に入ってからも、教師達は彼女を格別の劣等生と決めつけそれっきりだった。 そこでゲンである。はっきり言ってルイズがアン・ロックや照明の魔法を使えるようになったところで彼には何一つ利益はない。無論 損得だけで人間は動かないが、ゲンの場合は本当に何もない。彼が提案――非情に強引ではあったが――したと言う事であったとしても、 毎日物置の前に佇んでルイズが出てくるのをひたすら待ち続けているのは彼女にとって新鮮な事であった。 ルイズが座り込んでいると鍵の開く音がしてドアが開いた。 「今日はこれまでにしとこうか、食事の時間だ」 そう言いながらゲンがコップに入った水を差し出してきた。喉がかれていたルイズはひったくる様にコップを受け取ると一気に飲み干す。 突き出すように戻ってきたコップにゲンは水差しから注いでやった。それを再び一気飲みするルイズ。 「今日は三十六回だ。昨日よりだいぶ増えたな」 三十六回と言うのは、ゲン曰く『何となく鍵が開きそうだった瞬間』だそうだ。因みに初日は零回だった。 「アテになんの、それ?」 「さあ? まあ、目安だと思ってくれたらいいよ、何も成果が見えないよりは張り合いがあるだろう」 そんな会話をしながら物置を後にしようとした二人だったが、入り口の近くに放置されてあった何かにルイズが躓いた。よろけた所を ゲンが直ぐに支えたので転倒は免れた。 「ちょっと、何?」 ルイズが顔をしかめて下を見る。ルイズが躓いたのは剣だった振りこそ大きかったがボロボロの鞘が古さを物語っていた。ゲンが拾い上げる。 「この間、ドアに投げつけたのはもしかしてコレか?」 「あ、そうかも。あの時はムカついてたから近くにあったのを適当に投げただけなんだけど」 ふうん、と言ってゲンはしげしげとその大剣を眺めた。そしてルイズから少し離れて抜刀した。その途端、 「こらあ、娘っ子! よくもブン投げやがったな! 俺をその辺の投げ槍と一緒にしやがったら承知しねえぞ!」 大剣が絶叫した。 ゲンも流石に呆気にとられる。 「イ、インテリジェンス・ソード!? 何でこんなところに」 「喋る剣は珍しくはないのか?」 「何だ何だ、俺をそこいらの大剣だと思ったのか? まあ、こうボロくなっちまったらしょうがねえか」 三者それぞれに喋るので会話が成り立たない。暫らくの沈黙の後ゲンが口を開いた。 「で、お前は……一体何者なんだ?」 「俺はデルフリンガー、その娘っ子の言った通りインテリジェンス・ソードよ。ご覧の通り年季の入ったな」 「何でインテリジェンス・ソードが魔法学校の倉庫なんかにあるのよ 「年代者には色々と事情があるんだよ娘っ子、まあお陰で久しぶりに使い手に……」 そこで、デルフリンガーが言葉を切った。突然だったので二人が怪訝な顔をする。 「どうした黙ってしまって」 「ちょっと、使い手って何の事よ」 「ああ、いや、何でもねえ」 一瞬の沈黙の後、デルフリンガーが再び喋りだす。 「使い手、あんた名前は?」 「おおとりゲンだ」 「そうかい、アンタが使い手となるとそこの娘っ子はつまり……何だったかな。すまねえ今のは無しだ」 話についていけないルイズが顔をしかめる。 「何なのよ一振りで盛り上がって」 「いやいや、久しぶりに鞘から出たんでちょいと混乱しただけだ。ところでゲン、アンタ俺を使いこなせるかい?」 「俺に使えって言うのか? それにお前は学院の所有物だろう」 唐突な提案に困惑するゲン。そこにルイズが口を挟んだ。 「いいんじゃない別に。大事なものじゃないからここに有るんだろうし、先生の許可をもらえば大丈夫よ」 「そんな簡単なもんじゃないだろう」 そう言いながら物置に鍵を閉めてゲンは歩き出した。デルフリンガーにはまだ聞きたい事があったので、鞘から 少しだけ刃を覗かせておく。 「ところで、俺を『使い手』と言っていたが何の事だ?」 「あん? ああ、シラネエのか。ま、娘っ子がさっきみたいに鍛錬がしているようじゃあ知らなくてもしゃあねえか」 「何よ私がどうかしたの?」 「いや、何でもねえ。長生きするとな、与太話に触れる事がよくあるもんだ、これもその一種さ。そんな重要な事じゃねえ」 それっきり黙ったのでゲンはデルフリンガーを完全に鞘に収めた。 「ねえ、ゲン」 食堂に向かって歩き出してから、ルイズがゲンの方を見ずに話しかけた、 「今更なんだけどさ、この鍛錬って意味あるの?」 「正直、魔法のことは俺にはわからん。ただ素質があるのにまったく使えないなんてのはおかしいだろう。継続は力となって いずれ現れる」 「それはアンタの経験論?」 「いや、俺の場合は師匠からは甘いと言われた」 「え、じゃあやっぱり……」 「その方法が必ずしも成功するとは限らない。それに流石にそこまで火急の用件じゃあない」 そしてルイズの方をむいてニヤッと笑う。 「ご希望なら無理やり才能を開花させるのもアリだが」 「何となくスゴそうだから遠慮しとくわ」 ほぼ同時刻、学院長室。 「何でまた、盗賊ごときの事情聴取にグリフォン隊の隊長殿が来られますかな」 迷惑そうなのを隠そうともせずオールド・オスマンがぼやく。眼前に立つのは口ひげの凛々しい若い貴族が立っている。 「国軍は事態をそれだけ重要視していると言うわけです」 「その割には、大した成果が上がっておりませんなあ」 「だからこそ私が参上したのです。宝物庫を襲撃したそうですな」 話を反らされても一向に気にせずグリフォン隊隊長――ワルド子爵は話を続ける。 「何もとられてはおりませんわい」 「その日にあった、怪物の一件と関係が?」 その言葉にオールド・オスマンが思わず目を見開く。あの一件は正確には軍や王室には報告していない。 「いやはや、軍の情報筋を少々侮ってましたな。何、怪物と言っても毎春恒例の使い魔召喚の儀式で逃げ出した使い魔がおったと言う事ですよ。 逐一お耳に入れるまでもないと判断したまで」 しかし、あくまでも飄々とした態度を崩さないオールド・オスマン。 ワルドは暫らく黙っていたがやがて、 「とにかく、フーケの捕縛は軍の重要課題の一つです。次に何かあったら報告願いたい」 その言葉にオールド・オスマンは無言で頷いた。そして話は終わったとばかりに机の上に広げてあった本に目を落とした。 ワルドは一礼すると退室しようとした。だが、ふと思い出したように立ち止まって、 「その怪物を召喚したのは誰なのです?」 「……ヴァリエール家のお嬢ちゃんじゃよ」 隠しても無駄と判断したか、意外とあっさり白状するオールド・オスマンだった。 ワルドは軽く頷くと今度こそ退室した。 ワルドが部屋を出ると階段の方からミス・ロングビルがやってきた。彼女は一礼して学院長室に入ろうとしたが、 「話がある。土くれのフーケ」 というワルドの言葉に身を凍らせた。 とっさに距離をとって杖を抜き去り、油断なくワルドを見据えるフーケ。だがワルドはそんな彼女を前にしても悠然と構えている。 「話があるといった。捕縛するつもりならとっくにそうしている」 「お生憎だね。貴族はそう簡単に信用しない事にしてるのさ」 ミス・ロングビル――フーケにとって何故正体を知ってるかはこの際どうでも良かった。重要なのは眼前の男が何を考えているかである。 おとり捜査なら論外、共犯の依頼も一人でやってきた彼女にとっては余程のことでないと乗る理由はない。何よりこの男は間違いなく トリステイン王国魔法衛士隊の隊長なのだ。警戒しない方がどうかしている。 「話の続きを拷問部屋で行なうと言うのも一興だが、あまり私の趣味ではない」 いつでも捕縛できると言う事を言外ににじまされフーケは考える。彼女自身魔法の能力は一流のであるが、ワルドの物腰はその自分の能力を 完全に推し量ってなおこの余裕があるように思われた。 つまり抵抗は無駄。第一騒ぎを起こせばここで逃げられたとしても、トリステイン全域に非常線が張られて一巻の終わりである。 彼女は諦め構えを解き杖を片付けながら、 「場所を変えてくれるかい?」 学院近くの森の中に場所を移して、フーケは口を開く。 「で、私に話ってのは何の用件だい?」 「お前に盗んで欲しいものがある」 「アンタなら自分の権限で大概の物は手に入るだろう?」 茶化すように喋るフーケを無視してワルドは続ける。 「この学院の宝物庫にある『暗黒の欠片』 知っているか?」 その言葉にフーケの双眸がスッと細くなる。さながら獲物を見つけた捕食者のようだ。 「へえ、あれやっぱり重要品なんだねえ。正体は一体何なんだい?」 そう言うフーケをワルドは無言で見据える。睨んでるわけでもないが、言い知れぬ圧力が滲んでいた。 「ハイハイ、分かったよ。余計なことは聞くな、だろう。でもねあの宝物庫は中々難物だよ」 「お前なら巨大ゴーレムくらい作れるだろう」 「土のゴーレムじゃどんなにでかくてもあの塔の壁は破壊できないね。おまけに壁一面に固定化が施されてる。 ああ、私の立場を使って鍵を借りるってのは無しだよ。あそこは最低二人で入る事になってるからね」 ワルドはしばし考えるようなしぐさを見せた。 「ヒビでも入ればどうにかできるのか?」 「? ……まあ確かにそんな都合のいいものがあればね。当てでもあるのかい?」 ワルドはそれには応えず更に別の話を振る。 「壁の件は俺がどうにかする。お前は盗み出す事だけ考えろ」 「報酬は? 流石にただ働きはゴメンだよ。見逃すのが報酬だってんなら……」 「五千エキュー。それでお前から『暗黒の欠片』を買い取ろう」 「話が早いじゃないか。ま、壁の件は期待しないで待ってるよ」 そういい残してフーケは戻って行った。 そして、残されたワルドは校舎の方に歩いていった。 夕食後、ルイズは授業の復習をしていた。さすがに夕食後までは特訓はない。ゲンは体を動かしてくると言って出て行って、 今はいなかった。 その時彼女の部屋の扉ををノックするものがいた。ゲンかと思って放って置いたが一向に入ってくる気配がないので、ルイズは気になって 扉に向かった。 「誰、キュルケ?」 返事がない。少し躊躇ったが不審者などそうそう校舎内にまで入るまいと思い扉を開けた。 「やあ、ルイズ。久しぶりだね」 羽帽子をかぶった男が優雅に一礼していた。その男を見てルイズの目が見開かれる。 「ワルド子爵! ……どうしてここに?」 「任務で用事があってね。ついでと言っては何だが、君がここにいることを思い出したのさ」 意外な人物の突然の登場にルイズは戸惑っていた。ワルドは彼女の婚約者である。また幼い頃は憧憬の対象でもあった。それは 今もなお変わっていない。ただ彼は随分と有名人になっていたが。 「夜分に押しかけた事は謝るよ。しかし、どうしても会いたくなってね。どうだろう、時間を割いてもらえないかな」 その言葉にルイズは少し考えたが、消灯時間までは若干時間があったのでその誘いに乗った。 学院の中庭を二人で歩く。ルイズにとっては久しぶりの体験だった、ゲンは所謂そういう相手とは違う。 会話は弾んだ。思い出話に赤面し、ワルドの武勇伝に素直に感心し、上の姉の婚姻話で二人でクスクス笑いあった。ルイズにとって 楽しいおしゃべりと言う、女子にとってはそれなりに重要なイベントはこの学院に来てから参加できることは少なかった(キュルケとの やり取りをおしゃべりと捉えるなら大幅に増えるが)。 「ところでルイズ、君に直接聞くのもなんだが、魔法の方は相変わらずかい?」 その質問にルイズは黙って小さく頷く。 「何も使えないのよ、サモンサーヴァントは辛うじて成功したけど」 「何でも巨大な竜を召喚したそうじゃないか。まあ、そいつは逃げたそうだが」 「学院長と話しをしたのね? そうよ、その後召喚したのは……人間よ。そいつと契約したの」 「人間を呼び出すなんて、ブリミルの様だな」 ルイズは苦笑して、そんないいものじゃないわ、と呟いた。 「聞くところによると、失敗じゃなくて爆発するらしいな。そんなのは僕も聞いた事がない」 「貴方まで私を笑いものにするの」 本当に悲しそうな顔をしてルイズが言うのでワルドは、 「気を悪くしたなら謝るよ、だが本当なんだ。僕はその爆発と言う結果に興味がある」 ワルドの言葉にルイズは苦笑を浮かべたまま。 「使い魔と似たような事を言うのね。そんなに興味があるならお見せしましょうか? 私の『失敗魔法』」 冗談のつもりで口にしたルイズであったが、ワルドは真面目な顔で頷いた。 「ぜひ見せて欲しい。君はもしかしたら或いは……」 そこで言葉を切って黙るワルド。暫らく黙考していたがやがて再び口を開いた。 「すまない、とにかくここならそう被害も出ないだろう。そうだな、あの塔にでも」 本気にするとは思っていなかったルイズだったので流石にこの申し出には面食らった。しかしワルドは真面目な面持ちを崩さない、 本気である。断りづらい雰囲気が二人の間に漂った。 「……まあいいわ。爆発しても練習してたって誤魔化せば通じるでしょ」 観念して、ルイズはルーンを唱えだす。どうせ野外なら攻撃魔法でもいいだろう、それに……どうせ失敗する。 そんな気持ちを押し殺し彼女は杖を振るった、しかし何も起こらない。 フッとため息をつこうとした瞬間、本塔の中腹あたりで爆発が起こった。壁にはひびが入り破片が下に落下している、幸い 本塔には誰もいなかったらしく人が出てくる気配はない。 「ご覧の通りよ、ワルド。これでも失敗魔法じゃないかしら?」 自嘲気味のルイズに、と言うより自分に言い聞かせるように頷いたワルド。 「よく分かった、気分を害したなら謝るよ。さあ、そろそろ部屋に戻ろう」 部屋に戻るとゲンが戻っていた。 「散歩かい? 消灯になっても戻らなかったら探しに行こうと思ってたが」 別段怒った風でもなくルイズを迎えるゲンだったが、その目がワルドを捉えると眉をひそめた。 「あ、怪しい人じゃないのよ。ワルド子爵、私の……婚約者よ、一応」 「一応とは酷いな」 苦笑しながら、ワルドはゲンに向き直る。 「魔法衛士隊のワルドだ。君が彼女の使い魔かい?」 「ええ、おおとりゲンです」 ゲンも一礼する。そして二人はそのまま黙りこくって互いに見合ったまま動こうとしない。睨み合いほど険悪ではなく、 さりとて友好とは程遠い不穏な空気を漂わせていた。 やがて、ワルドはルイズにもう一度礼をすると去っていった。 と、同時にルイズがゲンを肘でつつく。 「初対面の人を睨みつけるのがアンタの故郷の礼儀?」 「いや、すまない。少し気になってな」 そう、ゲンはワルドから初対面とは思えない何かを感じ取っていた。その正体が分からないが故の沈黙の一幕であった。 ルイズは、ふうん、と特に気にした様子もなかった。 「あれがアンタのアテかい?」 校舎から出たワルドに声がかけられる。フーケだ。ただし姿は見えない。 「まあ、とにかくあれなら何とご期待に添えそうだよ。早速やろうかい?」 「いや、依頼がもう一つ増えた」 そう言ってないようを説明するワルド。フーケは彼の真意を測りかねたがワルドの冷たい視線に結局了承した。 次の日、ルイズは最早日課になっている特訓を行なっていた。ただしいつもの校舎端の物置ではなく、本塔の宝物庫の一階下にある 空き部屋を使っていた。無論やってる内容は一緒である。 何故かいつも使ってる部屋の鍵がなかったのと偶然通りかかったミス・ロングビルからここの部屋を与えられた結果だったが。 「何で、あの女性がこのことを知ってる」 「さてね、大方教員どもの中じゃ噂になってるのかもな」 デルフリンガーが応答する。 「ところでゲンよ、変な事を聞くようだがアンタ本当に人間かい?」 「どこかおかしいか、俺は」 「別におかしくはない、おかしくないからこそシックリこねえ」 「お前の言ってる意味が分からないんだが」 デルフリンガーはそれきり黙ってしまった。彼なりに何か思うところがあるらしい。 ゲンが外を見る、日が傾きはじめていた。そろそろ今日も終了だ。 ゲンが扉をノックしてルイズに声をかける。 「ルイズ、少し離れるぞ」 『いいけど、何かあったの』 かすれ気味の声が中から聞こえる。 「水を忘れたから取ってくるよ」 そう言って、ゲンは階下に降りて行った。 同時刻、本塔の壁に張りつく影が一つ。 フーケは未だにワルドの追加要求を理解しかねていた。 「劣等生がどうなろうと知った事じゃないけどね」 仕事のついでにルイズ・ヴァリエールを死なない程度に命の危険にさらせと言う内容。正直彼女にとってはどうでも良かったが クライアントがそう言うなら仕方がない。適当に理由をつけて本塔に押し込んでおいた。 「じゃあ、始めましょうかね」 彼女は長いルーンを唱えた後、手に持った杖を地面に振るった。 激しい衝撃がして、ルイズは何度目かの詠唱を中断した。何? 何事なの? その疑問に答えるものはいない。その間も衝撃は 本塔そのものを揺さぶり続ける。 何度目かの衝撃の後、壁が吹き飛ぶ。幸い彼女に怪我はなかったが、そこから見えたゴーレムの影に彼女は身をすくめた。 何、なんでここにこんなのがいるの。私が狙われてる? 別の目的? 混乱する彼女を無視してゴーレムは尚も壁を殴りつづけた。 「ゲン! いないの!? 助けて、ここを開けて!!」 半狂乱になりながらルイズはドアを叩く。だが応答するものはいない。ゲンが上ってくるにしても若干時間がかかる。件のゴーレムが 塔を破壊する気かどうかは分からないが今のままでは自分は相当に危険な事は混乱するルイズも理解できた。 ルイズは息を大きく吸い込むと落ち着こうと努力した。ここにいるのは危ない、扉は施錠されている、ならばとるべき行動はただ一つ。 ルイズはルーンを唱えだす。短いルーンの一つ一つを集中して唱える。それはもっとも簡単な魔法、それは誰もが使える魔法、 そして彼女が使えなかった魔法。 ルーンが完成する。 「アン・ロック」 ガチャリと鍵が外れる音がした。ノブを捻ると果たして扉は開いた。ルイズは喜びに浸る間もなく部屋を飛び出す。 「ルイズ、無事か!」 その時階下から上ってきたゲンと鉢合わせになった。。彼はルイズが部屋から出ている原因を一瞬で察したらしく。 「やったな! だが、とにかく逃げよう」 そう言いながらこんな状況にも拘らず満面の笑みを浮かべたのだった。 ルイズはその笑顔が――彼女にとってはまったく意外な事に――嬉しかった。 「おや、逃げれたのかい。まあ、いいさ仕事はもう一つあるんだ」 フーケはそう一人呟くと、壊れた壁を抜けて宝物庫に入る。宝物庫の一番奥、鍵穴のない箱を見つけるとそれを無造作に 壁の穴から外に放り投げた。 がしゃりと音がして箱が変形する。気にすることなく彼女はさらにゴーレムでその箱を踏み潰した。 ゴーレムが足をどけると、そこには真っ黒な物体があった。ゴーレムの足の下敷きになってなおその物体は壊れた様子はない。 「やれやれ、気持ち悪いね、これだけやられて何ともないなんて。ま、とにかく仕事は終わり。後は……」 彼女は嗜虐的な笑みを浮かべた。 「ちょっと、からかってやるかね」 そう言って彼女はゴーレムを塔から脱出したルイズ達に向けた。 「私って巨大なものに追われる星の基に生まれたのかしらね!」 走りながら、ルイズがわめく。塔を破壊したゴーレムは何故かルイズを標的にしたようだ。 「肩に人が乗ってるな、奴の顔を見たんじゃないか?」 「知らないわよそんなこと!」 言葉を交わす二人の直後にゴーレムが迫った。焦ったルイズが足を滑らせる。 ゲンがすかさず助け起こすがその間にゴーレムは迫り片腕を叩きつけようと振り上げた。 振り下ろされた鉄拳を辛うじてゲンがルイズを抱えて飛び跳ね交わす。だが、執拗にゴーレムは迫ってきた。 「ルイズ、俺が注意を引き付ける内に校舎に非難するんだ」 ゲンはデルフリンガーを鞘から抜きながらルイズに告げた。 「あんなの一人で……もしかしてあの赤いのになるの?」 初めて会った時の事を尋ねるルイズ。 「いや……とにかくアレを校舎から離さないと戦闘も出来ない」 ゲンはデルフリンガーを構える。 「俺が飛び出したら君は逃げるんだ、いいな?」 背後で頷く気配がしたのを確認して、ゲンはゴーレム目掛けて駆け出した。 ゴーレムが繰り出す文字通りの鉄拳をかわすと脛にあたる部分に大剣を叩きつける、だが相手はびくともしない。 「勇者ごっこかい? うっとうしいねえ」 フーケは五月蝿い虫から片付ける事にしたらしく、今度はゲンに向かって攻撃を始める。 放たれる鉄拳を巧みにかわしながら徐々に森に誘導するゲン、その間も何撃かデルフリンガーで斬り付けるがそうそう 切れる相手ではなかった。 「中々頑丈だな、お前も奴も!」 「……使い手がこの期に及んでこの様たあ、解せねえ」 ゲンの言葉が耳に入っていないのか独り言を呟くデルフリンガー、そちらに一瞬気を取られた隙に巨大な鉄拳がゲンを 襲う。 「おい、相棒!」 注意を換気するデルフリンガーの叫びにとっさに反応して直撃は回避した、だがかすってもその巨体から繰り出される一撃は 半端ではなくゲンは吹っ飛ばされた。 止めを刺さんと迫るゴーレム。と、その背中が突然爆発した。 「ルイズ! 何を」 フーケのみならずゴーレム自身が苛立ちのオーラを滲ませながら振り返る。逃げたはずのルイズがそこにいた。 「そんなに死にたいかい」 ゴーレムの片腕が又しても叩きつけられる、お陰で辺りは滅茶苦茶な状態だ。間一髪ルイズは飛び出したゲンに救出される。 「なんで逃げてないんだ!」 珍しく怒りをあらわにしてゲンが怒鳴る、だが彼女は怯まない。顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。 「なーにが注意を引くよ、戦闘するよ! 無様に吹っ飛ばされてるじゃないの! アンタねえ、使い魔が勝手に死んでいいと思ってるの!?」 それに! とルイズがなおも続ける。 「使い魔を見殺しにする飼い主がいる訳ないでしょう!」 ゲンは一瞬あっけにとられていたが、直ぐに真顔に戻る。 「じゃあ、使い魔も飼い主を危険に晒しっ放しじゃだめだな」 そう言ってゲンはデルフリンガーを鞘に収めるとルイズに渡した。 「預かっておいてくれ。ここまで離れれば大丈夫だ」 そう言ってゴーレムの方に一歩踏み出す。その顔に一切の恐怖はない。 「ちょっとゲン!」 追いすがろうとするルイズに無言で手を振ってみせるゲン。左手のリングが一瞬大きく光ったように見えた。 斜め十時に組まれる両手、つき出される右手、続いて繰り出された左手のリングが眩く輝く。 「レオオオオオ!!」 「死にな!!」 踏み潰そうと踏み出されるされる巨大な足。だがそれがゲンを踏み潰す事はなかった。 ゴーレムは突如光とともに現れた巨人によって足元からひっくり返された。 フーケのゴーレムをも上回る巨体。 その全身は燃える炎のごとく。 その銀色に輝く頭は怒れる獅子のごとく。 その輝く双眸は太陽のごとく。 その戦士の名はウルトラマンレオ。 『ヤアアアアアアア!!』 裂帛の気合が夜の空気を切り裂いた。 終わり 前ページ次ページゼロの少女と紅い獅子
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前ページ次ページゼロの女帝 「全宇宙のどこかにいる私の使い魔よ! この世で最も強く、賢く、美しい存在よ! わが呼び声に答え我が元に来たれ!」 例によって例のごとく、幾十回と召喚に失敗しまくるメイジ見習いたる彼女の名は ルイズ・フランソワ-ズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエ-ル。 もう周囲はもちろん本人も回数を覚えられない位に繰り返された儀式。 しかし、今回は違った。 詠唱が終わると同時に起きた爆発の中に、すらりと背の高い女性が立っていたのだから。 ある意味、彼女の願いはかなえられた。 この世でもっとも強い存在と言って、否定できる人間はそう多くないだろう。 この世でもっとも賢い存在と言って、違うと言い切れる人間は多分居ない。 この世でもっとも美しい存在というのは個人で差があるが、やはりそれはたいそう美しい。 「おい見ろよ!ありゃあ平民だぜ」 「さすがゼロのルイズだ!平民を召喚しやがった」 本来ならそういった嘲りの声に満たされるであろう空間は、空気が音を伝える事を放棄したのかと思われるほどに沈黙に満ちていた。 何故なら、閉じたままの扇子で口元を覆ったその女性(年齢は分からない 外見は『若奥様』風だがその雰囲気はひどく老齢している) は何もせず、ただ周囲を見回すだけで物理的なエネルギ-すら感じさせるほどの圧力を振りまいていた。 主である筈のルイズもまた、「コントラクト・サ-ヴァント」どころか近寄ろうと思う事すらかなわない。 そんな中で一人の男が彼女に近寄り、話しかける。 「失礼します、レディ。私はコルベ-ルと申します。 お耳汚しとは存じますが、宜しければレディのおかれた状況についてご説明いたしますので 聞き入れて下されば幸運にございます」 「あら」 妖艶な流し目でコルベ-ルを見やる女性。 「あなた、礼儀というものを多少はご存知なのね」 「この場にいる子供達より多少は人生経験というものを積んでおりますので」 そう、一目で分かる。 本来なら関わってはいけない相手だ。 即座に後ろを向き、全力で逃げ出すべきだ。 しかしそれはかなわない。 責任を持つべき子供たちがいるし、なによりも逃げられない。 逃げようと振り向けば即座に後ろからばっさりだ。どっちもどっちもどっちもどっちも! いや、逃げようと考えた瞬間頭を粉砕されてしまうに違いない。 もう逃げるとか状況を見るとかそんな事は関係無い。 そんなモノを超越したレベルの相手だと分かる。 卑屈と言われようがなんだろうが彼女の機嫌を損ねない、それしかない。 「ふ-ん、魔法・・・そしてサモン・サ-ヴァントねぇ・・・」 「はい、無礼とは存じておりますが知性を持つ存在を召喚するというのは全く前提にも前例にも無く、故にレディを いかに扱うか判断しかねる、そんな状況なのです」 話を聞きながら彼女の目は爛々と輝き始める。 彼女を知る者なら即座に回れ右、そして突進!とばかりに後ろも見ずに逃げ出すだろう。 コルベ-ルとやらの話を聞きながら彼女は心の中で自分の『船』に呼びかける・・・よし返事が来た。 この星はぎりぎり自分達の勢力圏内、しかしかなりの辺境だ。 まだ誰も発見していないらしいこの星の生命体はNα-3型、いわゆるア-スノイドと呼ばれるタイプ。 例外はあるにせよ百年は生きられまい。 調整を受けてほぼ不死たる自分達なら死まで見届けても「ちょっと寄り道して遊んでた」で済む程度だろう。 ちらりと自分を召喚したらしい娘を見やる。 ふむ・・・状況はなかなか楽しそうだし、この娘も面白いおもちゃになってくれそうだ。 (まあ西南ちゃん程じゃないだろうけど) 「よろしい!」 彼女が扇子を広げてそう宣言した時、ルイズ嬢の運命は決まった。 本当のパッピ-へ、いわゆる「トゥル-エンド」へと繋がるものの無意味な苦労、無駄な難儀、 避け得るはずの被害、理解し難い理不尽に塗れた、そんな人生を歩む事に。 「ルイズちゃんのサ-ヴァントとやら、立派に勤め上げて見せます! 全てこの、神木・瀬戸・樹雷にまかせなさい! ほ-っほほほほほほほほ-!」 前ページ次ページゼロの女帝
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前ページ次ページゼロのアトリエ 船員達の声と眩しい光で、ヴィオラートは目を覚ました。青空が広がっている。 舷側から下を覗き込むと、白い雲が広がっている。船は雲の上を進んでいた。 「アルビオンが見えたぞー!!」 鐘楼の上に立った見張りの船員が声を上げる。 ヴィオラートは眼下を覗き見るが、見えるのは白い雲海、どこにも陸地など見えはしない。 隣でやはり寝ていたらしい、ルイズが起き上がる。 「ねえ、どこに陸地があるのかな?」 ヴィオラートがそう問いかけると、ルイズが「あっちよ」と言って空中を指差した。 「ん?」 ルイズが指差す方向を振り仰いで、ヴィオラートは息をのんだ。 巨大な…まさに巨大としか言いようのない光景が広がっていた。 雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。大陸は遥か視界の続く限り延びている。 地表には山がそびえ、川が流れていた。 「驚いた?」 ルイズがヴィオラートに言った。 「うん。こんなの、見たことないよ…」 ヴィオラートは目を丸くして、呆然と空に浮かぶ大陸を眺めた。 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、主に大洋の上をさ迷ってるわ。通称『白の国』」 「白の国?」 問うようなヴィオラートの視線に、ルイズは大陸を指差す。 大河から溢れた水が霧となって、大陸の下半分を包んでいる。 霧は雲となり、ハルケギニアの大地に雨を降らせるのだとルイズは説明した。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師21~ その時、鐘楼に登った見張りの船員が大声を上げた。 「右舷前方の雲中より、船が接近してきます!」 ルイズは言われた方を向く。なるほど、大きな黒い船が一艘近づいてくる。 舷側に開いた穴から、大砲が突き出ている。 「いやだわ…反乱勢、貴族派の軍艦かしら」 後甲板でワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指した方角を見上げた。 「アルビオンの貴族派か?お前達の荷を運んでいる最中だと教えてやれ」 見張り員は手旗を振った。しかし、何の返信もない。 副長が駆け寄ってきて、青ざめた顔で船長に告げる。 「あの船は旗を掲げておりません!」 「してみると、く、空賊か!」 「間違いありません!内乱の影響で、活動が活発化していると聞き及びますから…」 「逃げろ!取り舵いっぱい!」 船長は船を遠ざけようとしたが、時既に遅し。黒い船は脅しの一発を放った。 鈍い音がして、何発もの砲弾が雲の彼方へと消えてゆく。 「停船命令です、船長。」 船長は苦渋の決断を迫られた。この船だって武装はしているが、 あの黒い船に比べたら役立たずの飾りのようなものだ。 助けを求めるように、隣にたったワルドを見つめる。 「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」 ワルドは落ち着き払って言った。 船長は「これで破産だ」と呟き、停船命令を下した。 「何だろう?」 ヴィオラートは急に現れた船に興味を抱き、身を乗り出して観察しようとする。 その時丁度、黒い船の脅しの一発が一斉に火を噴いた! 「うわっ!!」 思わず飛びのき、甲板にへたり込む。しばらく呆けた後もう一度、今度はおそるおそる顔を出すと… 黒い船の舷側に弓や小型火器で武装した男達が並び、二つの船の間にロープが張られ、 それを伝って刀剣を持った屈強な男達がやって来るのが見えた。 「ふー、びっくりした。あれは…盗賊さん達かな。この世界の盗賊さんってあんな船まで持ってるんだ」 盗賊の十や二十なら物の数ではないし、大砲や小火器の二~三斉射なら素で耐える自信はあるが 少しばかり人数が多すぎるし、何よりルイズ達がいる。 「とりあえずは…我慢かな。」 状況はヴィオラート達に不利だ。今の所は大人しく従うフリをしておいたほうがいい。 ヴィオラートはそう判断し、機会を待つことにした。 ロープを伝った男達が、ついに甲板に降り立つ。 「船長はどこでえ」 「わたしだが」 船長は震えながら、それでも精一杯の矜持を示しつつ手を上げる。 派手な男が大股で船長に近づき、抜いた曲刀で顔をぴたぴたと叩いた。 「船の名前と、積荷は?」 「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」 男はにやっと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分が被った。 「船ごと全部買った。代金はてめえらの命だ」 船長が屈辱で震える。それから男は、甲板に佇むルイズとヴィオラートに気付いた。 「おや、貴族の客まで乗せてるのか」 男はルイズとヴィオラートをじっくりと見比べた後、ルイズに近づき、顎を手で持ち上げた。 「こりゃあ別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねえか?」 男達は下卑た笑い声を上げた。ルイズはその手をぴしゃりと撥ね付けた。 燃えるような怒りを込めて、男を睨みつける。 「下がりなさい、下郎」 「驚いた!下郎と来たもんだ!」 男は大声で笑った。ついで他の男達もおかしくてたまらないといった具合の笑い声を上げる。 「てめえら。こいつらも運びな。身代金がたんまり貰えるだろうぜ」 ルイズ達は杖を奪われ、船倉に閉じ込められることになった。 船倉には、酒樽やら穀物の袋やら火薬やら砲弾やらが雑然と積まれていた。 ワルドは興味深そうに、その積荷を見て回っている。 「さて…」 ヴィオラートは二つの赤いバッグを揺らして立ち上がった。 船倉に入る前、一応中身を見せろとは言われたものの、 ヴィオラートが計八本のやる気マンマンなにんじんを取り出し、バッグを逆にして振って見せ、 カロッテ村のにんじんの素晴らしさをこれでもかこれでもかと力説し始めると、 男達は大した興味も示さずにため息を一つついてワルドを調べに回ったのである。 誤魔化そうとした意図はあっても、ヴィオラートは半分くらい本気で語ったのだが… まあそれはいつものこと。いつか語り合える同士が現れるさと、ヴィオラートは自分を慰めたのだ。 「そろそろ脱出しておいた方がいいよね」 ヴィオラートたちを狙っている兵器はなく、敵もせいぜい見張りが数人いるだけ。 アルビオンは目前で、ワルドは飛べるし、ホウキとフライングボードはバッグに入れてある。 ワルドに秘密バッグを知られてしまうのはちょっとあれだが、背に腹は変えられない。 フラムあたりで強引に壁をぶち破って、適当に爆弾をばら撒いた後混乱に乗じて逃げる。 と言った作戦が無難なところだろうか。 ヴィオラートがプランを説明しようとルイズの方へ向き直った時、扉が開いた。 「飯だ」 太った男が、スープの入った皿を持ってきたようだ。 扉の近くにいたルイズが受け取ろうとすると、男はその皿をひょいっと持ち上げる。 「質問に答えてからだ」 「言ってごらんなさい」 「お前達、アルビオンに何の用があるんだ?」 「旅行よ」 ルイズは腰に手を当て、毅然とした態度で言った。 「トリステイン貴族が、今のアルビオンに旅行?何を見物するつもりだ?」 「そんなこと、あなたに言う必要ないでしょ?」 「恐くて泣いていたくせに、ずいぶんと強がるじゃねえか」 空賊は笑うと、皿と水の入ったコップを差し出した。 空賊が去った後、三人は一つの皿から同じスープを飲んだ。飲んでしまうとする事がなくなる。 とりあえずヴィオラートはもう一度、プランを説明しようと二人に向き直るが… もう一度、すぐに扉が開いた。今度は痩せぎすの空賊だ。 空賊は三人を見回すと、楽しそうに言った。 「おめえらは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」 ルイズ達は答えない。 「黙られるとわからねえんだが…だったら失礼した。俺達もまあ貴族派のお仲間だからな」 「じゃあ…この船は反乱軍の軍艦なわけ?」 「いやいや、協力関係っていう所だ。で、どうなんだ?貴族派なら、きちんと港まで送ってやろう」 ヴィオラートとワルドはほっとした。これで、港までは安全に運んでもらえる事になるだろう。 しかし、ルイズは首を縦に振らずに、真っ向からその空賊を見つめた。 「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか」 空賊は、いや、ヴィオラートとワルドもあっけにとられて言葉を失った。 そして空賊は笑う。 「正直なのは結構だが、お前達ただじゃ済まないぞ?」 「あんたたちに嘘ついて頭下げるぐらいなら、死んだ方がましよ」 「…頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」 空賊は苦笑しながら去っていった。 「ねえ、ルイズちゃん」 「なによヴィオラート。言っとくけど私諦めないわよ。最後の最後までね」 真っ直ぐにそう言うルイズが眩しかった。なので、頭を撫でてみる。 「な、なによ!子ども扱いしないで!」 「ルイズちゃん。いざってときは、空を飛んで逃げるからね?」 それだけ言うと手を離し、頷く。 ヴィオラートの真剣な目に、ルイズも思わず頷く。 そして、再び扉が開いた。先ほどの痩せぎすの空賊が、真剣な面持ちで告げる。 「頭がお呼びだ」 扉を開け、通されたのはこの船の船長室。最初に出会った派手な男が、どうやら船長であるらしい。 頭の周りでは、空賊たちがニヤニヤ笑ってルイズたちを見つめている。 「おい、お前達、頭の前だ。挨拶しろ」 しかし、ルイズはきっと頭を睨むばかり。頭はにやっと笑った。 「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」 「大使としての扱いを要求するわ」 ルイズは、頭のセリフを無視して言った。 「王党派なのか?」 「ええ、そうよ」 「何しに行くんだ?」 「あんたらに言う事じゃないわ」 頭は、歌うように楽しげな声でルイズに言った。 「貴族派につく気はないかね?あいつらはメイジを欲しがってるぜ?」 「死んでも、嫌よ」 ルイズは胸を張った。 それを見た頭は耐え切れないといった様子で、低い笑い声を漏らす。 「くくっ、失敬。貴族に名乗らせるなら、まずこちらから名乗るのが礼儀だったな」 周りに控えた空賊たちが、一斉に直立不動の姿勢をとった。 「私はアルビオン王立空軍大将…いや、それよりはこちらの肩書きの方が通りはいいかな?」 頭はカツラを外し、ヒゲをはがす。現れたのは凛々しい金髪の若者。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは口をあんぐりと開けた。ヴィオラートもぼけっとして、いきなり名乗った皇太子を眺める。 ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズたちに席を勧めた。 「アルビオン王国へようこそ、大使どの。さて、御用の向きを伺おうか」 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの黒魔道士 「光り輝く使い魔、か」 「まさに『神の盾』と呼ぶにふさわしい」 「その力を失うのは惜しいな」 「今も、俺に仕える気はないのだな?」 「主共々生かしてくれてもいいが」 5人のワルドが、嫌悪感しかもたらさないセリフを次々と続ける。 周りを取り囲まれて、間合いをゆっくりと取りながら聞こえるそれは、 嫌悪感と合わさってさらにゆらゆらと揺れて聞こえた。 「誰が、お前になんか!」 デルフをまっすぐ構えて気持ち悪くなるのをごまかした。 「(おい、相棒、大丈夫か?ちーっと足がやべぇんじゃね?)」 デルフが小声で話しかける。 ありがたいことに、『ガンダールヴ』の力か、 両手の怪我は気にならない程度になっている。 でも、左足は……深く傷つけられて、思うように動かない。 正直に言えば、絶好調とは言えない状況だ。 でも…… 「ボクは……守るんだ!」 そう、ボクは…… ―ゼロの黒魔道士― ~第二十六幕~ この刃に懸けて ルイズおねえちゃんを守るんだ。 視線の端っこに、ルイズおねえちゃんがへたりこんでいるのが見える。 ボクがこの場所にいる限り、ルイズおねえちゃんが巻き込まれることは無いだろう。 ……確かに、一歩も動けそうには無いんだけど…… 「ひとつ、若いお前に忠告しよう」 「戦闘において」 「余所見は厳禁だっ!!」 「っ!?」 キィィンンッ 背後から2人のワルドが、杖で襲いかかってきた。 デルフを逆手に持って後ろに払い、これをなんとか押しとどめる。 でも、これで左手がふさがれた状態になってしまう。 「そしてもう1つ」 「戦闘の基本は戦力の封殺に他ならない」」 「お別れだ!」 「「『エア・カッター』!!」」 正面から2つ分の風の刃が飛んでくる。 魔力を吸収するデルフを封じた上での、魔法の雨。 間違いなく、このワルド達は今までのボクを見て戦略を練っている。 そのままだったら勝ち目は無い。 でも、だからこそ、 「地の砂に眠りし火の力目覚め 緑なめる赤き舌となれ! ファイラ!」 付け入る隙は、あるんだ! 中級クラスの火炎弾で風の刃もろとも、目前のワルド2人を退かせる。 「なん――だと?」 「あの手合わせでは本気では無かったということか?」 やっぱりだ、ワルドが考えていたのは、 あの手合わせで使った『ファイア』や『サンダー』が最高火力ってことだろう。 怪我の功名ってことなんだろう。 あのときに最低クラスの魔法を使ってて良かったと思う。 (あのときは、もっと長期戦になると思ったから温存してただけなんだけど) 誤算が1つ。それは新たな油断を生む。 「よいしょっ!」 ドテッとワザとその場に前のめりにコケる。 「なっ!?」 「くっ!」 それで後ろでデルフを押さえつけていたワルド2人がバランスを崩す。 油断、それはボクの機動力を削いだとワルド達が思っていること。 だからこそ、デルフを封じれば物量で押し通せると思ったんだと思う。 だけど、残念ながらボクは「トロくさくてよくコケる」。 そう、足りなければ足せばいい。 機動力が無いなら、それを逆手に取れば戒めから逃れられる。 全部の力は、守る力に変えられる。 ワルドは……それに気づいていないんだ。 「肉体の棺に宿りし病める魂を 永劫の闇へ還したまえ… ブレイク!」 コケた勢いで回転しながら、右後ろのワルドに石化の魔法を詠唱する。 トランスしているおかげで、口が素早く動くし、魔力の流れも素早く整う。 だから、もう1人のワルドにもデルフで同時に攻撃することができる。 ザンッ 「ぐぁっ!?」 「か、体が固まって――!?――」 胸の辺りをデルフで突かれたワルドは煙みたい消えてしまった。 ……分身のワルドは幻、なのかな? でも『ブレイク』をかけた方はしっかり石になってるなぁ…… 「やるな、使い魔風情が!」 「だがまだ物量ではこちらに利がある!」 「3方向から行くぞ!」 「「「『カッター・トルネード』!!!」」」 石になったり消えたりしたワルドに気を取られている隙に、 素早い詠唱で魔法を唱えられてしまった。 「相棒構えろっ!!!」 「うんっ!」 さっきよりも強い風が渦を巻いて襲ってくる。 「ぐぅぅぅっ!!」 服に、帽子に、怪我をした左足に、 デルフで凌ぎ切れなかった風がビシビシ当たっていく。 「ぐっはっ!こりゃ腹一杯だわ!腹ぁねぇけど――相棒、大丈夫か?」 「な、なんとか……」 やっぱり、回避行動が取れないのが痛い。 ワルドのニヤニヤ顔が3つ重なる。 こちらの機動力はもうバレてしまったみたいだ。 このまま物量でジワジワと押しつぶすつもりだろう。 「相棒よぉ、近づけりゃなんとかなりそうなんだけどなぁ?さっきからすげぇ力で光ってやがっし―― あれ?なんかこの力、おれっち何かを思い出しそう?ありゃ確か――」 デルフが何かブツブツ呟いている。 確かに、この距離が問題だ。 ワルドが作る三角形の真中にボクがいる形。 全体魔法をかけようにも、ワルド同士の距離が離れている。 今なら同時に2つぐらいの魔法を放つことはできなくはない。 けれども、2人を相手している間にもう1人の風を防ぐのは至難の業だ。 今は防御に徹したとして、『トランス』の輝きはいつまでも持たない。 輝きが消えたら、なんとか立ててる左足がどうなってしまうか…… なんとか、なんとか距離をつめたい。 「――思い出すっつーからにゃ、昔の話だよなぁ?えーと、相棒と出会う前の武器屋の客ぁ――」 デルフと出会う前、ふとその言葉に引っかかる。 デルフと出会う前……ギーシュとの決闘騒ぎがあった日…… あのときも、やっぱりボロボロになって…… 『ブレイク』で石化したギーシュの鎧人形を…… 「……そっか!」 「――結局あのメガネの金髪貧乳姉ちゃんはおれっちのことバカにして買わなくて――あん?相棒、どうした?」 「年貢の納め時だ、ガンダールヴよ」 「最期に聞こうか?俺の盾になる気は?」 「その力、悪くは無い」 ワルドが再び杖を構える。 余裕の態度でボクをなぶりものにするつもりみたいだ。 今は、その油断しているところがありがたい。 「……ルイズおねえちゃんを、泣かせるようなヤツに、従うつもりは無い!」 左足を少し引きずって、石化したワルドの陰に隠れる。 おそらく、正面のワルドから見れば盾にするつもりと思われるだろう。 「惜しい、実に惜しい」 「まぁいい。所詮思い通りにならぬ力だ」 「剣だけは後で使ってやろう」 「――ケッ!髭っ面の老け顔腹黒オヤジに使われるぐれぇなら、自分で錆びまみれになって朽ちてやるぁ!!――ってあぁ!?」 ワルドが杖を構える。 次の一瞬は賭けになる。 ガンダールヴの力と、『トランス』の輝き、ギーシュとの特訓で鍛えた戦略眼、 それと、ルイズおねえちゃんを守りたいっていう気持ち、 足りない速さは、全部で足すんだ! 「「「死ね」」」 「行くよデルフっ!」 「相棒!お、思いだしたぁ!!おれっちってばこんな重要なことをなんだって――」 ワルドの杖が光る。……風の魔法じゃない!! 「「「『ライトニング・クラウド』!!」」」 閃光が、石化したワルドを襲う。 ボロボロと崩れるワルド像。 だけど、そこにはボクはもういない。 「消えた!?」 「上だ!」 「『フライ』か!?」 石化したワルドをつかんで、腕の力だけで跳ぶ。 ボクの体は小さくて軽い。 ギーシュとの特訓でも、運悪く殴られたときは、安々と吹っ飛んでしまったこともある。 だから、ボクの腕の力だけでも体を空へ投げ出すことはできる。 「やるな」 「だがそれはミステイク」 「『フライ』で飛んだとていい的だ!」 もちろん、これで狙われるのは分かり切っている。 その動きや速さは予想されてしまうだろう。 だけど……きっと、これは読めないはず! 「飽食なる星よ、魔空より来りて 光も闇も平らげよ! グラビデ!」 『グラビデ』、本来は相手を重力の力で包み込んで押しつぶす魔法。 これを、ボクと2体のワルドの“間”、何もない空間に放つ。 元々のアイディアは、ダガーおねえちゃんの召喚獣の『アトモス』の技なんだ。 重力によって、吸い寄せられて、引きつけられて速度が上がるボク。 「な、なんだこれは!?」 「吸引の風魔法か!?」 それと黒球に引き寄せられてバランスを崩す2体のワルド。 「相棒っ!相棒っ!俺様、思いだしたんだ!おれっち実は――」 「時を知る精霊よ、因果司る神の手から 我を隠したまえ… ストップ!」 「命に飢えた死神達よ、汝らに その者の身を委ねん… デス!」 2つの魔法を重ねるように詠唱しながら、何かを喚くデルフを構える。 後はワルドがボクに忠告した「速さ」の勝負だった。 2体のワルドが体勢整える前に、残る1体がボクの動きに対応する前に、 重力球に引き付けられた2体を倒す。 「ぐぁっ!?」 1体は頭にデルフを突き立てた瞬間にうめき声を上げて、 「――」 もう1体は自分が止まったことにも気づく前に、 2体共、霞のように消え去ってしまった。 「……残ったのが、本物のワルドだね」 やっぱり、本体は一番攻撃してこなかったワルドだった。 こういうのなんて言うんだっけ?「お約束」、かなぁ? 「――おいおい相棒ぉ~!?ちょい修羅場ってやがっけどおれっちの話聞けよ~!」 デルフを構えて、残ったワルドに向ける。 着地のときに少し左足が痛んだけど、まだ耐えれる範囲だ。 「こんな――小僧ごときにっ!」 ワルドの顔が醜く歪む。 こんな男がルイズおねえちゃんの婚約者だったなんて信じたくなかった。 「……大人しく、帰ってくれるなら、何もしない」 「おい相棒ぉっ!?」 でも、それでも、ルイズおねえちゃんの婚約者だった人だ。 できることなら、殺したりはしたくなかったんだ。 「情けをかける気か?――使い魔ごときが、貴様まで俺を愚弄するというのかっ!!!」 ワルドが、獰猛な獣のように怒りをむき出しにして吼える。 それが何か……悲しかった。 「でも……もう、分身は出せないんでしょ?出せるなら、最初に2体消したときに出したはずだし……」 きっと、魔力をものすごく使う魔法なんだと思う。 ……便利すぎるもんね、自分を増やせるなんて。 「かー!相棒はなんでもお見通しってぇことか!やるじゃねぇの!あ、でもついでだからおれっちの話聞いて?ね?実はおれっち――」 「うるさい!!黙れっ!俺の力は、俺の力はこんなものではないっ!!まだ、勝負はついていないっ!!」 ワルドが突然駆け出した。それは獲物を見つけた狼のような動き。 そしてその狙いは、デルフを持ったボクじゃなかった。 「!!しまった!!!」 ルイズおねえちゃんを、狙われた! こちらも駆け出そうとするけど、足が思うように動いてくれない。 左足がズキリと痛む。 「くっ!!」 ワルドの方が距離はあったのに、はるかに速い。 「最後の忠告だ!勝負は最後の瞬間まで分からん!!」 ワルドがルイズおねえちゃんに届く目前の所で勝ち誇った笑みを浮かべるのが分かった。 届かない、あと1歩。 「相棒ぉぉぉ!!」 「ビビぃぃっ!!」 2人の声が、届かない1歩を埋める考えを呼び起こしたんだと思う。 「……砕けよ岩よ、天より堕ちて」 普段よりも2倍近く速い詠唱が、ボクの口からこぼれ落ちた。 「愚か者達への鉄槌となせ! コメット!」 礼拝堂のステンドグラスを突き破り、愚か者への鉄鎚が、『コメット』が降ってくる。 「なっ!?」 痛む左足をただ前に、 キラキラと降り注ぐガラスの破片をかいくぐって、 ルイズおねえちゃんに辿り着く。 『コメット』は1人を対象にした魔法だから、被害は及びにくいはずだけど、 それでも降ってくる破片はデルフで全部なぎ払った。 そして…… 「なんのこれしきっ!!」 迫りくる『コメット』をなんなく避けようとするワルド。 ワルドはその場を跳んで避けようとしているのが分かる。 全てが、『ガンダールヴ』のお陰か、『スロウ』をかけたようにゆっくり見える。 「……滅びゆく肉体に暗黒神の名を刻め 始源の炎甦らん! フレア!」 デルフに、『フレア』をかけて、自分の持てる全ての力を、一点に集中する。 デルフにオレンジ色の光が集まって……あれ?なんかフレア以外の光がする? 「はっはっはぁ~!!俺様Wシャイニング~!!!これで相棒ともお揃いだなっ!!」 「えぇっ!?デルフどうしたの!?」 ワルドにもう突きかかる姿勢だった。 「これが俺様の真の姿よぉっ!!」 デルフが光り輝く大きな剣に生まれ変わっていた。 ……デルフも、トランスするのかなぁ? 「いけいけぃ!俺様最大の見せ場だぜぇぇぇっ!!」 そんなことを気にする余裕もなく、『コメット』と、ワルドと、デルフが一直線に並ぶ瞬間は目前だった。 「……行くよっ!」 「おぅっ!」 ……実際は、こんな会話は全部できなかったはずって、後でルイズおねえちゃんが言っていた。 それぐらい、一瞬の間だったのに、デルフと通じたのは、なんだったんだろうって思うんだ。 心で通じ合った、とか?もしかして、そうなのかもしれない。 「ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!」 「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」 「『フレア剣』突きっ!!!」 朝日のように眩く輝く切っ先が、ワルドに突き刺さった。 前ページ次ページゼロの黒魔道士
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前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔 ズズズと砂糖を多く入れたミルクティーをすする音がルイズの部屋に響き渡る。 「うーん、今日もお茶がおいしいですねぇ。フォフォフォ。」 「ジジくさいわね…。っていうかそれ私が自分で飲むために作ってたお茶じゃない!! もう茶葉ないし砂糖こんなに使って!あーもうこのバカ使い魔!!」 カンカンになったルイズに怒られているこの小さな少年の名は、『野原しんのすけ』5歳。 彼はつい先ほどこのルイズに召喚されてしまっていたのだった。 「で?アンタはそのカスカベっていう町から来たわけ?」 「そうそう。」 「カスカベなんて聞いたこと無いわよ。どんだけ田舎から来てるのよアンタ。」 「うーん。オラもハルマキヤなんてとこ聞いたことないゾ。カスカベにはお月様も 一つしかないよ。二つもあるなんてまるでタマタマみたいだぞ。」 「なっ!アンタ図々しくてワケわからない上に、なんて下品なの!! あとハルマキヤじゃなくてハルケギニア!!」 ルイズは顔を真っ赤して叫ぶ。だがしんのすけはそんなことおかまいなしに 周りを見回す。 「ところで、オラそろそろ帰らないと母ちゃんに怒られるから帰っていいかな?」 「ダメよ。アンタの故郷がどんなのか知らないけど、少なくともカスカベなんて町はこの近くには無いから。 きっとうんと遠いところから来てしまっているんでしょうしね。送り返す呪文もないし、 何より使い魔になった以上もうアンタを返すわけにはいかないわ。」 「ええ!?今夜は返さないですって!?」 「いちいちそういう方向に受け取るな!!」 軽いジョークだゾ。と言ってルイズのツッコミを流しながらルイズの部屋にあった地図を見る。 その地図にはよくお姉さん目当てで見る天気予報に出てる日本列島はなく、ルイズは大陸のトリステイン王国を 現在地として指差していた。 (さっきみんなが魔法でお空を飛んでいたけど、もしかしてオラごほんの世界に来ちゃったのかな…。) つまり異世界に。そしてルイズは送り返す魔法はないと言っている。 しんのすけは手を横にやって言う。 「フゥ。やれやれ、また帰れなくなっちゃったゾ。」 ルイズが思い出したように言う。 「とにかく私の使い魔になったんだからそれなりには役に立ってもらうわよ。 まずはアンタの名前を聞いておかなくっちゃね。」 「おお、オラは野原しんのすけ。5歳!好きなふりかけはアクション仮面ふりかけのり玉味!! どうぞよろしくだゾ。」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。」 「おおおお…。長すぎて覚えきれないぞ。そんな名前で自己紹介のとき疲れないの? えっと、ルイズちゃんでいい?」 「口の利き方には気をつけなさいよ。ご主人さまと呼びなさい!!」 しかししんのすけはご存知の通りマイペースな幼稚園児である。 まるで気にしないように話を続けるのがこの野原しんのすけという少年なのだ。 「ルイズちゃん、使い魔ってなにする人?」 「アンタ人の話を聞かないわね!!使い魔とはメイジ(魔法使い)と一心同体の頼れるパートナーよ。 アンタは運がいいわ。このヴァリエール家の三女である私の使い魔に選んでもらったんだから。」 「ええ~。オラそれならもうちょっと大人なお姉さんに呼ばれたかったゾ。ルイズちゃんまだ女子高生じゃない みたいだしおムネなんかオラの母ちゃんより無いゾ。」 そのときしんのすけはルイズの一番気にしていたコンプレックスを突いてしまった。 「な、な、な、な、なんですってぇ~~~!!!!」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!!! ルイズの回転する拳がしんのすけの頭をえぐるように攻める。 「お、おお、母ちゃんくらいうまいゾ…。」 「ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ…。」 「でもオラやっぱりもっと大人の綺麗なお姉さんに呼ばれたかったゾ。おムネも大きいのがいいな。」 ルイズはそう聞いて頭にまた血が上ると同時に隣の部屋を見る。自分より大人で胸の大きいメイジに心当たり があり、またその人物はすぐとなりの部屋にいるのだ。 (いけないいけない。ツェルプストーの行動には気をつけなくっちゃ…。) ルイズは仕切りなおすように使い魔の話題に戻した。 「まずは使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるの。」 「目となり耳となる…?」 しんのすけの脳内には今自分が耳や眼球となってルイズにセットされるところを想像していた。 「お・おお・・おおおおお・・・・・。」 「でもあんたには無理みたいね、私何にも見えないもん!…どうしたの?何震えてるの?」 「え?あ、なんだそっちか。」 しんのすけはほっと胸をなぜおろし、話を続ける。 「で、他は?」 「そうね、他に、使い魔は主人の望む物を持ってくるのよ。たとえば秘薬とか。」 「ほい!!」 しんのすけが何かをルイズに渡した。それは何かのお守りのようだ。 しかしルイズには日本の文字が読めないのでしんのすけに聞いてみる。 「えっと、何コレ?」 「父ちゃんがひまを生む前に母ちゃんに買ってあげた『安産祈願』のお守りだゾ! おなかの赤ちゃんがすこやかに育つようにってね。」 「そっかー。私のおなかの子もこのお守りにこめられた願いが届いて元気に生まれてきますようにって 私は身ごもってないしそもそも『利益(りやく)』じゃなくて『秘薬(ひやく)』!!」 「ほうほう、そうとも言うー。」 マイペースなしんのすけに翻弄されっぱなしのルイズはがっくり来ていた。 ――なんでこんなのが私の使い魔なのよ。 「そして、これが一番なんだけど・・、使い魔は主人を守る存在であるのよ。 その力で主人を敵から守る、でもあんたじゃ無理っぽそうね」 そう聞いた瞬間しんのすけがピクリと態度を変えて言った。 「それってオラがルイズちゃんを守るってこと?」 「そうだけど。」 「おお!よーし!オラ、ルイズちゃんをお守りするぞ!!」 急にしんのすけがはりきりはじめたので、ルイズも驚く。 「ちょっと!どうしたのよ急に張り切ったりして!」 「正義の味方はカワイイ女の子をお守りするもんだと父ちゃんは言ってたぞ! オラいつかアクション仮面のようなスーパーヒーローになりたいんだぞ!ワッハッハッハッハッハ!!!!」 そんな無邪気なしんのすけを見ていて、さっきまで変な使い魔を呼んでガックリ来ていたルイズの心は いつしか安らいでいたのに気がついて照れ隠しするように言った。 「とっ、とにかくあんたにはできそうなことやってもらうから。洗濯、掃除、その他雑用ね。」 「えー。オラめんどくさーい。」 「やりなさい。絶対よ。」 寝る時間になり、ルイズが服を脱いで下着姿になる。ここで某平賀才人及び他作品の主人公の 方々ならこの時点でうろたえるものだが5歳児のしんのすけは特に動揺していない。 ――まあ、ルイズの体系が子供っぽいのが根本の原因なんだが。 今一瞬こちらをルイズが冷たい目で睨んだような気がするが気にしない。脱いだキャミソールとパンティ をしんのすけに投げつけた。 「おお、すけすけおパンツ!!それも母ちゃんのより派手だゾ!」 「それ、明日に洗濯してね。」 そう言うとしんのすけは面倒くさがって言う。 「えー。オラお洗濯なんかやった事ないゾ。」 大きなネグリジェを頭から被ろうとしているルイズがツリ目ぎみの目をさらに吊り上げて言う。 「あんたね!これからは私がアンタを養うんだからそれくらいの礼儀は持ち合わせたらどうなの!?」 「ほーい…。」 ルイズがネグリジェを着終わってふと思い出したようにしんのすけに振り返って言う。 「あ、そうそう。あと明日私より早く起きて私を起こしてね…。」 「プップスー!プップスー!私の名前はケツ顔マンだ!プップスー!」 描いておいてなんだがこのイベントがある以上絶対やると思ってた。 しんのすけはルイズのパンティを目までかぶって頬をふくらませているのだ。 ルイズがこめかみをピクピクさせて言う。 「シンノスケ…。ア・ン・タ私の下着で何やってるのかしら…?」 「わたしはしんのすけではない!ケツ顔マンだ!! 気をつけたまえ胸なしガリガリマン!!プップスー!!」 「なんですってぇ!!このエロ犬~~~~!!」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!!!!!!!!!! 回数を重ねるごとにルイズのぐりぐりはうまくなっていくのだった。 「もう寝る!!おやすみ!!」 「おやすみなさい……。」 しんのすけも疲れたのかそのまま眠ってしまった。 朝日が差し、ルイズの顔を照らす。しんのすけの使い魔ライフの2日目が始まる。 「んん…。いいお天気じゃない。」 さて、少し思い出していただきたいことがある。某平賀才人及び他作品の主人公の 方々なら寝る前に寝床の場所を聞き、『アンタは床。』とルイズが返すシーンがあったはずだ。 しかし、ルイズはそれを今回言わなかったが、それならしんのすけはどこで寝ていたのか。 「あーあ。今日もがんばらなくちゃ…あ?」 目の前に何かがあるのに気がついた。 ぼうず頭に太い眉毛、餅のようにやわらかい頬に今まさに自分に『う~~。』と キスされてしまいそうな唇…唇!? 「んぅ~~~~~~~~~~~~。」 目の前には今まさにルイズに口付けしそうなしんのすけの顔があった! 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」 その朝はルイズの鉄拳制裁から幕を開けた。 じゃ そういうことでー。 前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔
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前ページ次ページゼロの視線 第二話 ふむ、と弦之介は困っていた。 「召喚」と「契約」とやらで呼ばれた次の朝。 洗濯を終え(次期党首とはいえ自分の事は自分でやるべし、と教育された)主である少女を起こし 食事を終えた後屋根の上でまどろんでいると、妙に騒がしい。 見ると、るいず殿ではないか。 なにやら変わった色の髪の毛をした少年と向かい合っている。 喧嘩でもしているようだ。 やれやれ 放っておくわけにも行くまい。 「で、『ゼロのルイズ』 どうあってもボクと戦おうというのかい? キミは愚かと知ってはいたがここまで天井知らずの愚か値ストップ高とは思わなかったよ」 「あたしが愚かならあなたは阿呆よ。 大体フタマタ掛けしといて失敗の責任をメイドに押し付けるってどれだけ阿呆?」 「彼女が機転を利かせれば二人のレディの名誉は守れたんだよ。 それに貴族に全面的に従い時に生命すら投げ出すのは平民の義務、常識じゃないのかい。 それは偉大なる始祖ブリミルより授かった正当なる権利さ」 「じゃああたしは全ての貴族を敵に回して、その上で全ての女性の権利のためにアンタをドツくわ このあたしじゃない、ヴァリエール家でもない、『女性』を敵に回したこと後悔なさい」 なぜか片方の目に眼帯をしたマリコルヌが審判役を買って出た。 こういった「力ある者」同士の喧嘩はえてして「やりすぎて」しまう事が多いため審判役が立てられる。 両者とも「審判役」の言葉に逆らってはいけないとされているのだ。 「両者ともこの決闘の結果を始祖ブリミルの啓示とし、決して異議を差し挟んではならない。 お互いOK?それではみなさん!メイジファイト! レディ ゴゥ!」 その言葉に両者とも杖を構える。 先制攻撃は・・・・・・・・・・・ルイズ。 「ブツブツブツブツ・・・・・・ファイヤーボール!」 その言葉とともに壁の一部が爆発する。 「おいおい、かわったファイヤーボールだな」 「うわっ 危ねっ」 「残念ながら狙いが甘いとか色々問題があるようだね。いけっワルキューレ!」 その言葉とともに一体の銅製のゴーレムが立ち上がる。 装飾過剰な無手の『彼女』、しかし2メイルの巨体は十分危険であった。 「ボクはキミと違って大人だからね、手加減はしてあげるよ」 更なる呪文を唱え、見当違いの方向を爆破しながらルイズは叫ぶ。 「大人ってのはメイジだろーが平民だろーが自分の仕出かした事の責任きっちり取るモンよ。 自分より弱いモンに押し付けてる時点で大人ホザくな。 生えてもいないくせに」 「しっ失礼だなキミは!これから生えるんだ!」 「あらやだ、本当だったの?」 その言葉にその場は爆笑に包まれる。 「あくぁwせdrftgyふじこ! 心底無礼にして失礼だなルイズ!手足の一本くらいは覚悟したまえ!」 「出来るといいわね、つるつるギーシュ!」 その瞬間、男のデリケートな部分を侮辱した罰があたったのか、石に足を取られてルイズがバランスを崩す。 「くらうがいい!」 ワルキューレの豪腕が、地に突き刺さる。 しかし、土煙の収まった後には少女の姿は無かった。 「ふむ、使い魔の義務と権利としてここはわたしが引き受けようか」 ルイズを抱き抱えた弦之介の、いっそ幻想的とすら言えるオリエンタルな美しさに その場の一同は凍り付いていた。 そしてそれまで関心など欠片も無いかのごとく本に没頭していた眼鏡の少女が、本を閉じた。 「あら、タバサも彼狙い?」 「興味がある」 「あら珍しい、やっぱ異邦の美形だから?」 「違う。彼の風体はガリアに伝わる伝説の勇者に似ている」 「伝説の勇者?」 「これは秘密」 そう前置きしてタバサは友人に語る。 ガリアの一部に伝えられし英雄の物語。 七百年程前のガリア。 王と王妃が事故死し、残されたのは17才の王女のみ。 これを好機と時の大公が王家乗っ取りを画策する。 その時ふらりと現れたのは三人組の盗賊を自称する男たち。 ガリア王家に伝わる秘宝を盗み出さんとやってきた彼らは、もう一人の女性と組んで王女を守る。 秘宝を隠す謎を解き明かした彼らは、平民でありながら強大なメイジである大公と渡り合って これを倒したという。 この国に留まって自分を助けて欲しい、さもなくば自分を連れて行ってくれ 涙ながらにすがる王女を振り切ったリーダーは、後からやってきた茶色い服の男と合流し、何処とも無く去ったのだとか。 「で、秘宝って何だったの?」 「わからない。リーダーが『自分の懐には大き過ぎる』と今一度封印した」 その三人組の一人の服装が、あのゲンノスケの服に似ているのだとか。 「武器も、『1メイルに及ぶ剃刀』と称される細身の剣」 「なるほど、どの程度伝説に似てるのか。こりゃ目が離せないわね」 前ページ次ページゼロの視線
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第一話 「召喚!ファンタジー・エクスプロージョン・ファーストキス」 荒れ果てた大地、どす黒い雲に覆われた空。 文明の滅んだ地球上でおそらく唯一残った人工物であろう巨大な塔の頂上に、 少年―天野河リュウセイは立っていた。 カブトボーグ世界チャンプであり、これまで幾度と無く世界の危機を救ってきた男だ。 傍らには金色の仮面をした男が倒れている。 名はビッグバン、謎の組織ビッグバン・オーガニゼーションの総帥であり、 この地球を滅ぼした張本人であった。 死闘の末ビッグバンを倒したリュウセイだったが、 失ったものは余りにも大きすぎた。 親友、ライバル、いや、人どころではない、他の動物や植物すらも、もうこの地球上には残っていないだろう。 「オレは…何も守れなかった…」 絶望的な孤独に打ちひしがれる彼の前に、それは現れた。 (光の…壁?) その光る鏡のようにも見える円盤は得体の知れないものであったが、 そこから微かに感じる人の気配は、 誰もいなくなってしまった世界の中、戦いによって精神を磨り減らした彼の心に安らぎを与えた。 それにより今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、彼は意識を手放す。 倒れこんだ光の先で、誰かに会えると信じて。 瑞々しい緑の芝、青く澄んだ空。 貴族達が魔法や礼節を学ぶ名門、トリステイン魔法学校の近く、 これから長き時を共にする使い魔を呼び出す神聖な召喚の儀式が行われる草原の上で、 桃色の髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは絶望に打ちひしがれていた。 呆然とした彼女の視線の先にいるのは、前髪が黄色く他は茶色いという妙な髪形で気絶している少年―リュウセイ。 魔法を使おうとすると爆発して失敗してしまう自分を馬鹿にしてきたクラスメイト達を見返すために 立派な使い魔を呼び出して周りの人間を驚かせたいと考えていた彼女にとって、 竜でも幻獣でもないただの人間を召喚してしまったという事実は余りにも強烈過ぎた。 慌てて引率であるコルベールにやり直しを要求するも、儀式は神聖なるものとして却下され、 現実が飲み込めずへたり込んだままの彼女に生徒達の心無い野次が飛んでくる。 「おい!『ゼロのルイズ』が平民を召喚したぞ!」 「オォーゥ!ルイズサーン!いくら魔ほ…マージックが使えないからって、その辺の平民をつれてきちゃだめデショー」 あまりの悔しさにとうとうこらえきれず一筋の涙が伝っていった頬を、 誰かの手が優しく撫でる。 驚いたルイズが顔を上げると、少年がいつの間にか目覚めてこちらに微笑んでいた。 次の瞬間表情は怒りに変わり、それは野次を飛ばしていた周りの生徒に向けられる。 「話は聞かせてもらった…お前ら!オレと勝負しろ! オレが勝ったら…二度とこの女の子のことを馬鹿にするんじゃねぇ!」 ビシッ!と指を刺し勝負を挑む。 孤独な世界から救い出してくれた少女が、 自分を呼び出したことで馬鹿にされてしまっているらしい状況に我慢ができなかったらしい。 珍しく筋が通っている。 野次を飛ばしていた生徒達の中から、小太りの少年が出てきて言う、 「いいだろう平民、貴族に喧嘩を売ったこと、後悔するんじゃないぞ! だがまず!そちらが負けた場合の条件も決めさせてもらおうか!」 「オレの命とこの女の子の命をくれてやるぜ!」 「いいだろう!決闘開始だ!」 「…え?ちょっ!?」 さっきまで呆然としていたため頭が回らず、ただ成り行きを見ていたルイズだったが、 いきなり自分の命までかけられては放って置けない、 しかも相手は貴族で彼は平民だ、負けは目に見えている。 引率のコルベールに止めてもらおうと視線を送ったが、 彼の目はリュウセイがいつの間にか手に持っていた何かに釘付けになっており役に立ちそうに無い。 すでに先ほどの合図により―自分の命を賭けられた少女の合意も無く―決闘は始まっていた。 「僕はメイジだ、だから魔法を使って戦わせてもらうよ!」 いやらしい笑みを浮かべながら呪文を詠唱する小太り―マリコルヌを気にするでもなく、 リュウセイは手に持ったそれを構え、叫んだ。 「チャージ3回!フリーエントリー!ノーオプションバトル!」 本来ならこれを叫ぶ必要は無かった。 相手が魔法を使う以上、これはボーグバトルではないし、 この世界にはボーグ魂を感じないため、ここが地球でないこともわかっていた。 本来なら意地でもカブトボーグでの対決を望む彼なのに、あっさり魔法との対決を許したのもそれ故であったが、 彼自身はどこへ行こうがボーガーであり続ける。 だから、叫ばずにはいられなかった。 「いっけえぇぇぇぇぇ!オレの!トムキャットレッドビートルゥウウウウウウウ!!」 マリコルヌの放った魔法、エアハンマーをかき消し、トムキャットレッドビートルは高速で宙を突き進む。 ビッグバンとの戦いで傷ついていた愛器ではあったが、 その装甲はもともと、不時着する飛行機を支え巨大隕石を砕き総理大臣を容赦なく叩きのめすほどのもの、 マリコルヌの放つエアハンマーなど、そよ風のようなものだ。 周りからもどよめきが起きる、魔法を使えぬはずの平民が何か得体の知れぬものを用いてそれをかき消したのだから。 ルイズ自信もリュウセイがただの平民ではないのかもしれないと感じ始める。 いける…そうリュウセイが確信したとき、無数の岩や火球、突風がトムキャットレッドビートルに襲い掛かった。 「何っ!?」 辺りを見回すと先ほどルイズに野次を飛ばしていた連中が集まり、一斉に攻撃を始めている。 「お前は僕達全員に勝負を挑んだ…違ったかい?」 マリコルヌがニヤニヤとした笑いを浮かべながら言った。 先ほど自分が言った言葉を思い出す、 ―話は聞かせてもらった…お前ら!オレと勝負しろ!― ―…お前ら!― リュウセイははっとする、言った!確かに言っていた! 愕然とするリュウセイ。 トムキャットレッドビートルにも少しづつだがダメージがたまっているようだ。 前回の戦闘の疲労も残っているため、がくりとひざを突いてしまうリュウセイ。 「おまえの負けだ平民!」 しかしその言葉にリュウセイはニヤリと笑い、声を上げる。 「オレは負けるわけには行かない…なぜなら…」 ダメージを受けてなお不敵なその様子に思わず息を呑むマリコルヌ達。 「なぜなら…?」 「なぜなら…オレには負けられない理由があるからだぁーーーーっ! いけええええ!トムキャットレッドビートル! レッドアウトゴールデンマキシマムバーニングウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」 トムキャットレッドビートルが加速し燃え上がる、その上に現れたのは炎の虎。 「う…うわああああああああああああああああああああああああ!!!」 限界まで加速したトムキャットレッドビートルとともに炎の虎はマリコルヌ達の中に飛び込み、 眩い光を放ちながら爆発する。 その背景にはなぜか星空が映し出され、さながら新しい星の誕生を見ているようであった。 「…綺麗…。」 思わずルイズはつぶやく、あんなに嫌いだった爆発というものが、こんなにも美しく見えるとは。 それに、彼は私のために命を賭けて戦ってくれたのだ。 「ゼロ」と呼ばれ蔑まれた、この私のために。 気づくと彼女は、リュウセイに向かって歩き始めていた。 「これは…ビッグバン…いや、親父…」 ぼろ雑巾のようになったマリコルヌたちのところから 手のひらに戻ってきたトムキャットレッドビートルを眺めながら、リュウセイは考えていた。 自分の必殺技、レッドアウトゴールデンマキシマムバーニングに、こんな爆発は無かったはず… そして思い出していたのだ、宇宙の始まり―始祖の爆発―ビッグバンの名を持った、父の事を。 しかし考えは突然中断された。 桃色の髪の少女によって唇が塞がれたのだ。 考え事なんて軽く吹っ飛んでしまった。 顔が熱い、きっと真っ赤になっているのだろう。 目の前ではにかんでいる彼女のように。 彼女は照れくさそうに一言「…ありがと。」と呟くとそっぽを向いて、 「ほら、さっさと行くわよ!」 強引に手を引っ張られる。繋いだ手が焼けるように熱かったが、気にしていられる程余裕は無かった。 無邪気にはしゃぐような口調でルイズは叫んぶ、 「アンタのこと、もっと私に教えなさい!これからもっともっと活躍してもらわなきゃいけないんだから!」 その顔は希望に満ちている、 鬱々とした気分は彼とあの爆発が吹き飛ばしてくれた。 これからはきっとうまくいく。そんな確信に包まれて、 わくわくする気持ちを抑えきれず、ルイズはいつの間にか駆け出していた。 完 次回予告 滅んだかと思われた地球だったが実は滅んでいなかったっぽい! しかし帰る方法は無いと言われて落ち込むオレ、 そんなとき親切にしてもらったメイドさんがピンチに! かくして、恩を仇で返す男とオレの決戦の火蓋が落とされる。 次回ゼロのボーガー「決闘!ボトル・フォール・バトル」 熱き闘志にチャージ・イン!
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前ページ次ページ使い魔は四代目 「…何でよ…」 ルイズは力無く呟いた。使い魔召喚の儀式、サモン・サーヴァント。他の全ての生徒達が問題なく使い魔を召喚し、コントラクト・サーヴァントを済ませたのに対し、ルイズだけが失敗を繰り返していた。 それがようやく成功し使い魔となるものが召喚されたのである。本来なら喜んでしかるべきだ。だが、ルイズの表情は暗かった。 そこに立っていたのは、紫のローブを身に纏い、髪を二本の角の様に立てている奇妙な老人だった。その肌は青白く、どことなく不健康そうだ。 だが、それよりも重要なのは、その老人が持っているドラゴンをあしらった杖の存在だった。 杖を持っているという事は、多分メイジなのだろう。あるいは…貴族? だとするとこれは…かなり不味い状況なのかもしれない。 ルイズのそんな焦燥を他所に、老人は興味深そうに辺りを見渡していたが、適任と見たかのんびりとコルベールに話しかけた。 「あー、ちと聞くが。ここは一体どこじゃ?」 「ここはトリステイン魔法学院です。私はここで教鞭を取るコルベールと申す者。 以後お見知りおきを下されば幸いです」 コルベールは内心冷や汗を掻きながら、慎重に言葉を選びつつ答えた。 相手がメイジ…いや、最悪貴族であれば、自分が使い魔召喚で呼び出されたと知ったら、どう出るか? …激高してもおかしくない。というか、そうなる可能性のほうが高い。 自制してくれれば良いが、もし怒りのままに魔法を使われたら? それに、この場は矛先を納めてくれても、その先は… 「…失礼かと思いますが、尋ねさせていただきます。貴方は杖を持っていらっしゃるが…貴族であらせられますか?」 相手が貴族ならば、どう対応するにしても自分の権限を越えている。学院長のオスマンを呼ばねば話が付かないだろう。 コルベールとしてはそこのところは是非とも確認しておかねばならない点だった。 「貴族…?わしはそんなもんじゃないわい。それよりトリステインといったか?知らん名じゃ。そりゃ国名かの?」 「はぁ。そうですが。…ここはトリステイン王国ですが、ご存じないのですか?」 老人の返事を聞いて、コルベールはひとまず安堵した。取り敢えず相手が貴族ではない、という点で。どうやら最悪の事態にはならずに済む様だ。 そして、ここまで固唾を呑んで成り行きを見守っていた生徒達の殆どは、どうやら老人が貴族どころかトリステインも知らない田舎物だと判断した。 それに伴い、 「ルイズが平民を召喚したみたいだぜ」 「田舎者の老人を召喚するなどさすがルイズだ」 といった嘲りが囁かれ始めた。 「みんな好き勝手言ってるわね…ま、召喚したのが只のお爺ちゃんじゃ、冷やかしたくなるのもわからなくはないけど」 「違う」 どことなく冷めた口調で呟くキュルケは、珍しく感情が込められたタバサのその呟きに思わずその顔を見た。 「あの老人、只者じゃない。シルフィードが驚いて…ちがう、恐れて、いる…?」 「…シルフィードってこのウィンドドラゴンよね?恐れて…って、この子が?あのお爺ちゃんを?何で?」 「…分からない。シルフィード、あれは何者なの?…え?」 シルフィードが答えた言葉は、二人を絶句させるのに十分なものだった。 「おう、さま…?」 「そ、それって…?」 トリステイン王国。その名を聞き、シルフィードが王様と呼んだその老人は考え込んでいた。そんな場所は彼の知るいかなる所にも無い。 しかし、もっと重要な事はこのコルベールと名乗った男と、目の前にいる桃色の髪をした少女以外の人間が、自分を好奇の表情で見ている事だ。 普通ならば、間違いなく恐怖と敵意が投げつけられる。いや、それ以前に大抵の人間が恥じも外聞も無く彼を見た瞬間に逃げ出そうとするだろう。 …ルイズ達は知らない。この老人が後にしてきたアレフガルドと呼ばれる地では、彼の姿は恐怖と絶望以外の何物でもない事を。 それは、かつて世界を手中に収めた魔王だった。大地の女王の祝福を受けた実り多き大地は、魔物共の跋扈する暴力と死が支配する荒野となった。 無数の村や町を滅ぼし、王国を強襲し、姫を攫った。討伐に向かった軍を骸の山に変えた。 王の中の王と自称した、恐怖と共に語られるその魔王の名は、竜王といった。 「知らん。…やはりアレフガルドではないのか。…まさか、噂に聞く上の世界、というやつなのか…?」 「は…?アレフガルドとか上の世界と言われても何のことやら」 「ではもう一つ尋ねるが、勇者ロト、或いは大地の女王ルビスという名も知らぬか?」 「ロト。ルビス…聞いた事がありませんねぇ…」 「そうか。それでは本当にここは異世界のようじゃのぉ… さて、そこで問題があるのじゃが…誰が、何の為にわしをこんな所に召喚したのか、納得のいく説明をしてもらいたいのじゃが」 先程までののんびりとした口調とは違い、鋭いものが混じったその質問に、コルベールはまだ窮地が終わってはいなかった事を悟った。 「そ、それはですな…ここでは只今使い魔召喚の儀式を行っておりまして、 ここでメイジは一生の使い魔を決定するのですが…。あの、こういった事は何分初めてで私も非常に困惑しているのです。普段はその、他の生徒達のように動物や、実力ある者は幻獣を召喚するのですが」 「どういったわけか、このわしが呼び出されてしまった…と?」 見てみればなるほど。確かに様々な動物やら幻獣が子供達についている。その中で彼の目を引いたのは青い髪の少女を乗せた一匹の見知らぬ種類の竜であった。 その竜が張り詰めているのが分かる。異世界といえど、やはり竜族。感じるものがあった、という事か。 「は、はい。先程も申した通り、この様に人が召喚された、という事は私は聞いたことが無いのです。 それで、貴方を呼び出したのはこのミス・ヴァリエール嬢なのですが」 「ミスタ・コルベール!やり直しさせて下さい!」 話を向けられたのを幸いに、ルイズが叫ぶ。どうやら貴族ではないようだが、メイジを使い魔にしたとなれば問題が多すぎる。 メイジではないとすれば只の老人を使い魔とすることとなり、それは余りにも惨めだ。 どちらにとってもルイズには受け入れがたい選択である。思わず声を荒げたのも彼女にしてみれば無理は無い。 「それは出来ない、君も分かっている筈だ。これは神聖な儀式だ。一度呼び出した使い魔は変更できない」 「でもでも、人間を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」 「確かにこの様な例は古今東西無い。が、春の使い魔召喚のルールは他のあらゆるルールに優先する。すなわち、変更は認められない」 「無理だってルイズ!その爺さんを呼べたのだって奇跡みたいなもんだろ!」 「あきらめて契約しちまえよ!ゼロのルイズにゃぴったりな使い魔じゃないか!ま、契約出来るかどうか怪しいけどな!」 次々と投げつけられる嘲笑の言葉に唇をかみ締め、肩を震わせるルイズ。それを見つつ彼は考え込んでいた。 …さて、どうしたものか。ある程度事情は分かった。知らずにした事とはいえ、なんとも無謀な事だ。なんとこの少女はわしを使い魔にしようとしたらしい。 まぁわしを知らぬとすれば無理からぬ事かもしれぬ。 …ならばだ、一つ『教育』してやるか。騒がしい外野も多い事だし…何よりここは学院なのだから。 「あー、コルベールとやら。お主は教師なのじゃろう。口は災いの元、という言葉をそこの喚くだけの能無しに教えてやったほうがええんじゃないか?」 あからさまな嘲笑の篭ったその言葉に、ルイズを冷やかしていた一同の顔色が変わった。 只でさえ自尊心の強い貴族達である。嘲笑されただけでなく、相手が平民であるということが怒りに拍車をかけ、次々非難の声が上がる。 「へ、平民の癖に貴族に対して何たる侮辱!許さないぞ!」 「その通りだ!道理の知らない田舎者とて容赦はしないぞ!」 「ご、ご老人!突然こんな所に召喚されては不快に感じるのは当然でしょうが、そんな挑発するような言動は避けてください! 君達も冷静になるんだ!貴族たる者は無闇に動じない!」 「ミスタ・コルベール!この平民は貴族を侮辱しました!名誉を汚されて黙っているのは貴族の恥です!」 不穏な雲行きに慌てたコルベールが事態を収拾しようとする。しかし、頭に血が上った生徒達は耳を貸そうとしない。それどころか、火に油を注ぐように 「…ほぉ、有象無象の輩達の癖にどうやら一人前にプライドだけは高いらしいの。じゃが、実力も無いのでは滑稽なだけじゃわい」 老人は更に挑発を重ねた。憤慨した一同の声が大きくなる。 「実力が無い?ならば僕の魔法を体で味あわせてやるよ!」 「ルイズ!そいつを黙らせろよ!いや、黙らせるだけじゃ足りない。謝罪しろ!」 「さすがはゼロのルイズだ。使い魔の礼儀も常識もゼロだな!」 騒ぎを沈静化させようとするコルベールの努力も虚しく、老人と彼を召喚したルイズへの罵詈雑言の嵐が巻き起こる。それをルイズは屈辱に震えながら耐えた。 老人は笑みさえ浮かべ平然と受け流していた。その笑みは余裕のためだけではない。この先の展開を想像しての笑みだ。 激昂している高慢な子供が、恐怖に怯える姿を想像しての。さぁ、『教育』の始まりだ。 「実力が無いのは事実じゃろ?なぜなら、誰一人としてわしの力に気付いておらんからの。 …くっくっく… 貴様ら小童どもには勿体無いが冥土の土産に見せてくれよう!」 その言葉とともに、凄まじい威圧感が、暴風にすら感じられる勢いで老人から発生する。それとともに老人の姿が変わり行く。口が裂け、爪が伸びる。身長が伸びる。鋭い角が生え、体が鱗で覆われる。 先程まで威勢よく騒ぎ立てていた者は皆、突然の成り行きに声も無く呆然と見つめる事しかできない。そしてついに。 りゅうおう(のひまご)がしょうたいをあらわした! そこに現れたのは神々しささえ感じさせる一頭の巨大なドラゴン。 全員が恐怖の中で悟った。こいつは只のドラゴンじゃない。そんなものより遥かに格上の存在なのだと。 硬直した一同の顔を満足そうに見渡し、それは高らかに宣言した。 「我こそは竜族の頂点にして王の中の王、竜王のひ孫なり! 志半ばで散った偉大なる曽祖父の遺志を継ぎ、今こそ人間界を征服してくれるわ! 竜王の真の姿を見られる事を光栄に思いつつ、逝ね!」 数瞬の沈黙の後、幾つもの絶叫が重なった。這々の体で逃げようとする者のはまだましな方で、腰を抜かし動けない者、気絶する者、錯乱して喚き散らす者が続出した。 コルベールは咄嗟に杖を向けていたが、恐らく全ての抵抗は無駄に終わるであろう事は彼が一番良く分かっていた。 ルイズは、これから起こる事を予想して、心の中で家族に詫び続けた。 キュルケとタバサは、目の前のドラゴンがシルフィードの言葉から想像していたより遥かに強大な存在だったことに歯噛みしていた。 要するに、誰もが最悪の結末を予想し、絶望していた。 だが、 「なーんてのは冗談じゃ、本気にしおってからに。 だからお前らは未熟だというんじゃ。いやぁ愉快愉快。ぐわはははっ」 先程とはうってかわってあまりに軽い調子で放たれたその言葉によって、そんな阿鼻叫喚の場は静まったのだった。 圧倒的な威厳をその身に纏ったドラゴンが、本当に愉快そうに朗らかな高笑いを続けているのを、一同は呆けながらしばらく眺めるだけだった。 「…確かにシルフィードの言ったとおり王様、だったわね… タバサ、あれが演技じゃなかったらどうなっていたと思う?」 「…愚問。全滅の回避すら怪しかった筈」 「…やっぱりそうよねぇ…ま、とんだ食わせ者だけど…凄い使い魔には違いないわ。やったじゃないの、ルイズ」 普段のルイズとキュルケの関係を知る者ならば、その呟きに驚いただろう。 心底恐怖させられたにもかかわらず、キュルケの言葉は皮肉ではない嬉しそうな響きがあったのだから。 タバサはそれに気付き、キュルケの顔を見つめたが、それ以上はどちらも何も言わなかった。 前ページ次ページ使い魔は四代目
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前ページ次ページゼロの使い魔人 トリスタニア…… 建国以来、六千年に及ぶ歴史を閲するトリステイン王国の首都である。 壮麗な外観と威容を備えた王城を中心に、各種公的機関や貴族の居館が立ち並び、 更に王城から続くブルドンネ街を中心にした一帯は、この国の文化・経済・娯楽 の供給源にして消費の場でもある。 所狭しと建物が林立し、その合間を縫って敷かれた道の両端には無数の露店が開 かれ、街の賑やかさをより高める一因となっている。 背や手に目一杯の荷物を抱え歩く者、急ぎの用なのかコマネズミよろしく忙しな く駆け回る者、散歩がてらにぶらつく者、露店を冷やかし、又は真剣に値切ろう とする奴……。 そんな、歳も出で立ちも目的も様々な人間が行き交い生み出す、嬌声とざわめき の坩堝を掻き分ける様に、どこにでもいるようでその実、注視してみれば一風変 わった取り合わせの二人組が歩いていた。 ――黒の外套を羽織り、ストロベリーブロンドの長髪を持つやや小柄な少女と、 それとは対照的に鴉の濡羽色の髪と長身の青年……誰あろう、ルイズ(略)ヴァ リエールとその使い魔(呼ばれた当人は心底、不機嫌顔をするだろうが)緋勇龍 麻である。 「ったく……。馬ってのは、快適さとはまるで無縁の代物だな……」 歩きながら肩やら首をほぐして鳴らしつつ、龍麻は小声でこぼす。 学院から此処まで、実に片道三時間掛けての道中である。 始めは唯々、鞍に腰掛けて手綱を持っていただけだが、先に走るルイズの姿勢を 真似る事で多少は楽になったものの、気疲れした事には変わりない。 「情けない。馬にも乗った事ないなんて。これだから平民は……」 「生憎と、俺の国じゃ常に馬に乗る機会が有るのは、牧場を営んでるか、暇人金 持ちの道楽や馬術競技の選手に公営賭博の関係者ぐらいなんだよ」 「……呆れた。なにそれ。そんな有様で、どうやって荷物や人の行き来をしてる のよ、あんたの国は」 「それに変わる手段と物が色々とあるんだよ。……それにしても狭い道だな、っと」 ルイズに答えつつ、向かいから歩いてきた人間とそいつが抱えていた荷物との接 触を躱す。 「狭いって、これでも大通りなんだけど」 「これでか? ……これなら、地方の町の裏通りというのが説得力あるな」 修行と称して中国を始めとする世界各地を彷徨き、様々な国の町並みに情景や風 俗を見聞してきた事を思い出しつつ、龍麻は呟く。 「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮 殿があるわ」 「ほー。でもま、今の俺達には関係の無い場所だな。と早いとこ用事を済ませち まおう」 「そうね。物見遊山しに来たんじゃないんだし。それよりも…スリが多いんだか ら、あんたも気を付けなさいよね?」 「ああ。今の所は大丈夫だが」 内懐に収めたルイズの財布の存在を確かめつつ、龍麻は周囲の人混みに目をやり ながら答える。 そこから人口に比しての貴族の数がどうだの、食い詰めた傍系の貴族がドロップ アウトして犯罪だなんだのに手を染めて云々……、といった雑多な会話を交わし ながら、二人は大通りを外れて建物の隙間の奥に続く、脇道へと入り込んで行く。 ……充分に日が差し込まぬ所為か、湿った空気と饐えた臭い。随所に散らばる生 ゴミやら汚物に加え、時折向けられる険を含んだ害意未満の気配が漂う裏通りを しばし歩き続けた後。 道の向こうに見える一軒屋の軒先に下げられた看板を見て、ルイズが顔を綻ばせた。 「あ、あったあった」 その視線の先を追えば、確かに剣を象った看板が有り。 早速向かおうとするルイズを呼び止めると、龍麻は手持ちの予算を訊ねる等した 後で、立て付けの悪い扉を押し開けてルイズに続いて店へと入って行った。 ――黴臭い空気と獣脂を注いだランプが燃える際の臭気に混じり、油と鉄の匂い が漂う薄暗い店の奥で、偏屈とか頑迷といった語句を擬人化したかのような風貌 の中年男が二人を迎えた。 値踏みする様な無遠慮な視線を向けた後、つまらなさ気な貌で無愛想な声を出す。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目を付けられる 様な事ァ、これっぽっちもありやせんぜ」 「客よ」 ルイズの一言を聞くや、店主は鳩が豆鉄砲を見舞われた様な表情を作る。 「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」 それを耳にし、不審げな表情をするルイズに、店主はひとしきりおべんちゃら を並べ立てた後、龍麻に向き直る。 「剣をお使いになるのは、この方で?」 「ああ。適当に見させてもらうぞ。片手ないし両手でも使えて、長さや重さは 程々。少々古くてもいいから造りが丈夫な奴が欲しい」 注文を並べつつ、龍麻は壁やら棚に並び掛けられた甲冑や武器……長剣、短剣、 ナイフ、手斧、短槍、長槍、斧槍(ハルバード)、戦棍(メイス)、戦斧、打突 棒(フレイル)、短弓、長弓、弩……。といった品物を見やり、あるいは手に取 ってみる。 ……昨晩、ルイズにはああ言ったものの龍麻自身には、剣に頼るつもりなど更々 なかったりする。 刀なぞ手に入るべくもないし、ずばり保険というか自身が駆使する『氣』を持ち いた技と体術を隠匿する策の一つになれば御の字……程度にしか考えて無かったり。 物色を続ける龍麻に、店主が思い出した様に声を掛ける。 「……ああ。あんたの注文とはちょいと違いますがね、昨今は貴族の方々の間 では下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。こういうのが、人気ありやすぜ」 言って店主が携えてきたのは、全長1メイル程度の針を思わせる細く鋭利な刀身 を持ち、護拳部分(ナックルガード)には細緻な彫物が施された刺突剣である。 「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」 それまで、いかにも退屈そうにしていたルイズが店主の言葉に反応する。 「へえ、なんでも、この所このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしており ましてね……」 「盗賊?」 「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝 を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々はそれを恐れて、下僕にまで剣を持 たせる始末で。へえ」 盗賊云々といった話は軽く聞き流した後、出された剣を眺めたルイズはこれでも いいか、と考え龍麻に声を掛ける。 「それで、どうするのよ? これでいいんじゃない」 「使えん。それこそ剣士気取りでぶら下げるんならまだしも、ンな柔弱(ヤワ) な代物では切った張ったの場ではどうにもならん。第一、そういう剣は趣味じゃない」 一瞥した後、問答無用といった口調で言い捨てた龍麻は品定めを再開する。 「なによ、ダメっていうの? ……それならそうね。こいつの言うような、 もっと大きくて太い、立派のはないの?」 「お言葉ですが、若奥様。剣というのは…『もっと大きくて太い、立派のはないの?』」 店主の言葉を遮る様なルイズの一言に対し儀礼的に頭を下げてみせると、 「……わかりやした。そんなら、少々お待ちくだせぇ」 言って店主は、口内で小煩さい客への悪態をこぼしつつ、店の奥へと取って返す。 「これなんか如何です? ……店一番の業物でさあ。貴族の御供をさせるなら、 この位は腰から下げて欲しいものですな。といっても、こいつを腰から下げる には、余程の大男でないと無理でさあ。奴さんでも、背中にしょいこまんとダメでしょうよ」 ……長口上と共に持ち出してきたそれは、全長が子供の背丈程も有る長大な大剣である。 諸刃造りの肉厚の刀身と、頑丈な柄。柄頭には宝石が埋め込まれ、鍔や柄元に 至るまで凝った意匠の装飾で彩られている。 「へえ、立派な物ね。お幾ら?」 ――確かに、煌びやかな装飾と磨き抜かれた刀身に店一番という店主の売り文句は、 ルイズの美意識と貴族の虚栄心、双方を満足させるのに足りた。 「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。 魔法が掛かってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が 刻まれているでしょう? お安すかあ、ありませんぜ」 長々と勿体ぶった口調で言う店主に、ルイズも張り合う様にそっくり返ってみせる。 「わたしは貴族よ」 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」 「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」 さらりと店主が告げた値段を聞いて、ルイズが呆れたといわんばかりの表情をする。 「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安価いもんでさ」 「……言い分は結構だが、そんな大枚叩く事も無いだろ」 そこへ、数本の剣を試すすがめつしながら、熱の無い声で龍麻が口を挟んだ。 「剣なんぞ、振れて斬れりゃ事足りるんだ。なのに、武器(それ)の上っ面を ゴテゴテ飾り立てたり、これ見よがしに造り手の銘を彫ったりするような真似 をする、意味も必要性もありゃしない。飾り物なんぞ持って、ケンカが出来るか」 言外に件の名剣とやらが駄目だと扱き下ろしつつ、それよりも二回り程小さい、 俗に言うバスタードソードを龍麻が手に取ろうとした時……、 「――は。随分、解ったような事を言うじゃねえか、てめ」 等と言う、この場には居ない筈の四人目の声が店内に響いた。 「そこの業突張りの因業親爺の口車に乗らねぇのはいいが、口先だけの半可通の 青二才が偉そうにするんじゃねぇよ!」 遠慮も何も無い、低い男の罵声に店主は頭を抱えつつ、口角を引き攣らせる。 「誰かは知らんが、随分と好き勝手言ってくれるな。ええ?」 「へっ、本当の事言われて怒ってんじゃねぇよ! そこの貴族の娘っ子共々、 さっさと家に帰ぇんな!」 「失礼ね!」 龍麻の独り言に応じてか、姿無き声の主は更に煽る様な事を言いたて、それを 聞いたルイズも憤慨してみせる。 部屋の隅……ロクに掃除もされてない辺りに、樽に無造作に突っ込まれたり、 床に放り出されて出来た剣の一山があり、例の声はそこから聞こえて来るのだ。 「この声、誰だ……? 客への嫌がらせにしちゃ、随分タチが悪いな」 「俺りゃあ、此処だよ! ったく、どこに目ェ付けてやがんだか!」 剣の束の前で呟いた時にまたも悪口が飛んだ事で、龍麻は声の主の所在を探し当てた。 ……人等では無く、雑然と積み上げられていた中に紛れ込んでいた内の一振 りが、鍔元を震わせながら声を張り上げているのだ。 「魔術の次は、喋る剣だって? ……ったく、本気で何でもアリだな、此処は」 またしても出くわした、奇っ怪なブツを前に龍麻が眉を顰めていると、そいつ に向かい店主が怒鳴り声を浴びせる。 「やい! デル公! お客様に失礼な事を言うんじゃねぇ!」 「デル公?」 龍麻は改めて剣を注視する。……サイズ自体は先の剣とほぼ同等。片刃の刀身 は幅、厚み共に薄く、較べてよりシャープな印象を与える。 ……まあ、長い事放置されていた為か、全体が錆と埃に煤や油汚れで薄っすら と化粧されている辺りで損していたが。 「それって、インテリジェンスソード?」 近寄って剣を見たルイズが胡散臭そうな声を出すと、店主は肩を竦めて大仰に 溜息を吐いて見せる。 「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣。インテリジェンスソードでさ。一体、 どこのメイジが始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……。とにかく、 こいつはやたら口は悪いは、客にケンカを売るわで閉口してまして……。 やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまう からな!」 「面白れェ! やってみろ! どうせこの世にはもう、飽き飽きしてたトコだ! 溶かしてくれるってんなら、願ったりだよ!」 ……なんぞと、啖呵切った奴に向かい、青筋を浮かべた店主が腰を上げかけ たが、その前に龍麻の手が有象無象の剣の束の中から、そいつを引っ張り出し ていた。 デル公ってのが本名か?」 「違わ! デルフリンガー様だ! おきやがれ!」 「へえ、名に響きも悪くないじゃないか。俺は緋勇龍麻だ。緋勇が姓、名が龍 麻だ。呼び易い方で呼べよ」 そこでまた騒ぐかと思いきや、剣……デルフリンガーは微動だにせず、龍麻 に握られたままでいた。 それから暫し黙り込んでいたと思えば、いきなり独言を洩らし始める。 「――おでれーた。見損なっていた。てめェ、『使い手』か」 「何……?」 ……其れまでのチンピラ臭い威勢の良さとは異なる、含みを持った言葉に龍麻 の表情は自然と引き締まる。 「それだけじゃねェ…てめェん中にゃ、なんだか見慣れねえ妙な流れがあり やがる。こんな奴ァ、初めてだ」 尚も耳を澄まさねば聞き取れない程の声で、龍麻にとって到底聞き流せない 言を喋り続ける剣を顔の前まで持って行くと、やはり小声で話しかける。 「お前、随分と鼻が利くみたいだが……。一体、何が言いたいんだ?」 「それよりもな。てめ、俺を買いな」 「いいだろ。俺も、お前に興味が有るしな」 問いかけに答える代わりに、どういうつもりか自分を売り込んでくるそいつ を凝視した後。 龍麻が頷き答えると、剣は喋りを止めた。その手に握ったまま振り返ると、 出資者(スポンサー)を見やる。 「俺は、こいつに決めた。いいか?」 それを聞くや、ルイズは何とも微妙な表情で不満気な声を出す。 「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 「そういうな。見てくれこそアレだが、サイズの割には軽いし造りもしっかり してる。雑に扱われてたにしちゃ、刃に刀身もさほど傷んでないし。然るべき 手入れをすれば、見栄えに実用も満たしてくれるだろうよ。きっと」 此処で臍を曲げられては堪らないので、刀身を指先でなぞり具合を確かめつつ、 弁護も兼ねて説得する。 「……ま、どうせ使うのはあんただし。それが良いって言うんなら、好きになさいよ」 「OK。ありがとよ」 短く礼を言い、カウンターへと向かう。 ……前にいるのは、煮ても焼いても腹を壊す事請け合いな、喰えなさそうな 狸爺が一人。 (さて。此処からが、本当の勝負だ……) と、開戦まで秒読み段階に入った『銭闘』に備え、一人気を引き締める龍麻であった。 ――それから小一時間後。 「ヒユウ。お前とならやれそうだ。よろしく頼む――相棒」 そんな台詞を吐いた剣……デルフリンガーを肩に担ぎ、二人は店を出た。 ルイズが持参した予算は、新金貨で百枚。相手の言葉尻を捉え、しぶとく、図々 しく立ち回って妥協を引き出した末、八十数枚の出費で収まった。 ともあれ、買い物が安価くついた事でルイズの機嫌は悪くはないし、龍麻も此処 まで出張って来た用事が無事に済んだから、おのずと気分には余裕が生まれる。 そんなこんなで元来た道を戻る二人を、道を挟んだ反対側の建物の陰から注視す る一対の視線と二つの影が存在った。 ――片や、人目を引く長く伸ばした鮮やかな赤毛に鋭角的な彫りの深い顔立ち。 しなやかな長身にメリハリの利いた肉感的な躯の線を持つ女性であり。 もう一方は対照的に、短く切り揃えた蒼髪に眼鏡。先の人物の胸程しかない小柄 な体躯に、自身の身長に等しい長さの杖を携えた少女……という、これまた別の 意味で他人の目を引くだろう二人組である。 先の人物は言うまでも無い。 『微熱』の二つ名を持ち、何かと気が多過ぎる魔術師、キュルケ(中略)ツェル プストーと。その学院入学以来の友人にして、こちらは『雪風』の二つ名を戴く タバサである。 話は数時間前に遡る……。 この日、起き出して早々にキュルケは只今、自身の興味と情熱を刺激して止ま ない、隣室の間借り人を篭絡すべく動き出した。 ……昨晩は幾分露骨に過ぎたかも知れないし、何より無粋極まる邪魔者が大挙 して押し掛けたから不発に終わったが、意中の彼に自分のアプローチが届いて ない訳が無いという確信の元、意気揚々と隣室を訪れるも部屋は既に蛻の殻。 折角の意気込みが空振りに終わるかと思いきや、偶さか二人が馬に跨り学院か ら出て行く様を見かけるや、その足でタバサの部屋へと押し掛けると既に朝食 を済ませ趣味である読書に没頭する友人に事情を訴え、かなり強引に協力を 取り付けると彼女の使い魔である風竜に乗って二人の後を追い、街に到着いて からもずっと付け回していた訳である。 「ゼロのルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……! あたしが狙ってるとわかったら、早速プレゼント攻撃?」 歯噛みしつつ、二人が路地の向こうに消えるまで待つと、本に視線を固定した ままのタバサを置いて、今し方二人が出て来た武器屋に向かい大股に歩き出す。 ――程無くして、店から出て来たキュルケの手には彼の店一番の業物と云われ たあの、大剣が握られていた。 こうなるまでに、店の中で如何なるやり取りが有ったかは当事者たる店主と キュルケ知るのみ……と、言うほど御大層なものでは無く。 こう言えば、さして血の巡りの良くない人間でも何故にそうなったかという 理由を容易に推察出来うるだろう。 ――凡そ、男という生物(ナマモノ)は、『特定(本能に関わる様な)』の 状況下では総じてアホになる……、と。 前ページ次ページゼロの使い魔人